48人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
2
金曜日の夜の十時過ぎ。しかも俺たちが歩いているのは高級クラブが立ち並ぶエリアで、特に着物姿の彼女はその雰囲気に溶け込んでいる。
つまり、パーカーにデニム姿の俺だけが浮いてしまっているのだ。
彼女に言われるがまま呉服店の壁際に自転車を置くと、いきなり手を繋がれてしまった。
こういうのをテレビで見たことがある。どこかの店に連れて行かれて、フルーツ盛り合わせだけなのに何十万も請求されたりして、払えないって言ったら店の裏に連れて行かれてーー悪い想像が頭を駆け巡り、冷や汗が止まらなくなる。
慌てて彼女に声をかけようとした時だった。
「焦らなくて大丈夫。ここのママたちはお客様をきちんと選んでいるから」
「それは……俺は行っても門前払いってこと?」
「御名答。でも傷付くことはないわ。地元にいたって足を踏み入れない場所があるように、人にはそれぞれ縁のある場所、ない場所があるの。今のあなたには縁のない場所だってこと。さっ、ここはただの通過点。先へ進みましょう」
あぁ、確かにそうかもしれない。ふと好きだったこのことを思い出す。俺が見ているばかりで、彼女と視線が合ったことはなかった。それはあの子が別のやつを見てたからーー。
とぼとぼ歩きながら、涙が溢れ出す。
「……俺、火曜日に失恋したんです。それだけでも落ち込んでたのに、その子が俺の友達と付き合い始めて……うっ、うっ……」
「あら、だから最初から泣いてたのね」
「俺はあの子と縁がなかったんでしょうか……」
「……それは違うと思う」
「えっ……」
「この広い世界の中で、同じ時代、同じ大学で出会えたことだけでも縁なのよ。結ばれなかったかもしれないけど、きっとそれは結ばれるべき人が他にいるからだって私は思う」
「か、かぐや姫様……」
その言葉を聞いて、落ち込んでいた気持ちが少しずつ晴れていくような気がした。
『きっとそれは結ばれるべき人が他にいるからだって私は思う』
そうか。失恋も、その人に会うための縁なんだと思えば乗り切れる気がして来た。
「そういえばかぐや姫様は、月に帰るためにどの人からの求婚も、わざと失敗させて断ったんですよね」
彼女は足を止めて、俺をじっと見つめる。その瞳があまりにもキレイで、思わず唾を飲み込んだ。
「……姫にしましょう。あれは長いし、あながちはずれてもいないから。あなたの名前は?」
俺が"かぐや姫様"と呼んだことを気にしてのことだろうが、なんだか彼女を独り占めできたようで嬉しかった。
「俺は鷹取央介です」
「……竹取の翁?」
「違います! おじいちゃんじゃないですから!」
すると姫が声を上げて笑い出した。ちゃんとした笑顔を初めて見た俺は、胸がキュンとした。
最初のコメントを投稿しよう!