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 金曜日の夜の十時過ぎ。しかも俺たちが歩いているのは高級クラブが立ち並ぶエリアで、特に着物姿の彼女はその雰囲気に溶け込んでいる。  つまり、パーカーにデニム姿の俺だけが浮いてしまっているのだ。  彼女に言われるがまま呉服店の壁際に自転車を置くと、いきなり手を繋がれてしまった。  こういうのをテレビで見たことがある。どこかの店に連れて行かれて、フルーツ盛り合わせだけなのに何十万も請求されたりして、払えないって言ったら店の裏に連れて行かれてーー悪い想像が頭を駆け巡り、冷や汗が止まらなくなる。  慌てて彼女に声をかけようとした時だった。 「焦らなくて大丈夫。ここのママたちはお客様をきちんと選んでいるから」 「それは……俺は行っても門前払いってこと?」 「御名答。でも傷付くことはないわ。地元にいたって足を踏み入れない場所があるように、人にはそれぞれ縁のある場所、ない場所があるの。今のあなたには縁のない場所だってこと。さっ、ここはただの通過点。先へ進みましょう」  あぁ、確かにそうかもしれない。ふと好きだったこのことを思い出す。俺が見ているばかりで、彼女と視線が合ったことはなかった。それはあの子が別のやつを見てたからーー。  とぼとぼ歩きながら、涙が溢れ出す。 「……俺、火曜日に失恋したんです。それだけでも落ち込んでたのに、その子が俺の友達と付き合い始めて……うっ、うっ……」 「あら、だから最初から泣いてたのね」 「俺はあの子と縁がなかったんでしょうか……」 「……それは違うと思う」 「えっ……」 「この広い世界の中で、同じ時代、同じ大学で出会えたことだけでも縁なのよ。結ばれなかったかもしれないけど、きっとそれは結ばれるべき人が他にいるからだって私は思う」 「か、かぐや姫様……」  その言葉を聞いて、落ち込んでいた気持ちが少しずつ晴れていくような気がした。 『きっとそれは結ばれるべき人が他にいるからだって私は思う』  そうか。失恋も、その人に会うための縁なんだと思えば乗り切れる気がして来た。 「そういえばかぐや姫様は、月に帰るためにどの人からの求婚も、わざと失敗させて断ったんですよね」  彼女は足を止めて、俺をじっと見つめる。その瞳があまりにもキレイで、思わず唾を飲み込んだ。 「……姫にしましょう。あれは長いし、あながちはずれてもいないから。あなたの名前は?」  俺が"かぐや姫様"と呼んだことを気にしてのことだろうが、なんだか彼女を独り占めできたようで嬉しかった。 「俺は鷹取(たかとり)央介(おうすけ)です」 「……竹取の(おきな)?」 「違います! おじいちゃんじゃないですから!」  すると姫が声を上げて笑い出した。ちゃんとした笑顔を初めて見た俺は、胸がキュンとした。
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