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「あら、もう一周しちゃった」  彼女の声で、元の場所に戻ってきたことに気付く。今日一日、すごく長く感じたのに、姫と歩いた時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。  どうしてこんなに寂しく感じるんだろう。最初はあんなに疑ってたのに、今はもっと話していたいと思った。 「楽しい時間は過ぎるのが早いのね」 「えっ、姫も楽しいって思ってくれてたの?」 「あら、あなたも?」  姫は俺に向かって微笑むと、持っていた小さなファーのバッグから、更に小さな包みを取り出した。それから俺の手を取り、手のひらにそれをちょこんと載せた。 「あげるわ。良かったら食べて」  透明なフィルムの中には色とりどりの金平糖が入っていて、袋の中央には『ありがとう』と書かれたシールが貼られていた。  金平糖なんて久しぶりだな。好きなお菓子だけど、なかなか自分から買おうとは思わなかった。  それからあることに気付く。ツンツンしてるのに丸みを帯びていて、ほんのりと甘いーー俺は思わず吹き出した。 「なんか金平糖って姫みたいだ」  すると姫は眉間に皺を寄せて、不愉快そうに目を細めた。  きっと悪くとられたに違いない。両手を大きく振ってそうではないことを示す。 「違うよ! 姫って話し方はツンツンしてるなって最初は思ったけど、素直で可愛いし、笑顔は甘々だし、なんか金平糖みたいに噛めば噛むほど甘くて幸せな気分になるというか……とにかく褒めてるって言いたかったんだ。だから……短い時間だったけどすごく楽しかった。こちらこそありがとう」  繋いでいた手を離せばこれで終わり。なんて切ない別れなんだろう。名残惜しかったけど、諦めて手を離した。 「またいつか会えたら嬉しいな」  姫は俺を見つめると、にこりと笑みを浮かべた。 「その時は温泉にでも行きましょう。じゃあ自転車はあそこにあるから忘れずにね」  彼女が指差した方向にはあの呉服店があり、壁際に自転車が停めてあった。 「もちろん忘れてないよーー」  そう言って向き直ると、そこに彼女の姿はなかった。ただ月だけが煌々と光を放つ。 「月に帰ったのかな……」  俺は突然空虚な気持ちになると、自転車に跨り、家までの道をゆっくりとしたスピードで漕いだ。
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