第四章

1/5
前へ
/36ページ
次へ

第四章

 帰りたい、帰りたい、帰りたい。六月とは思えない晴れ渡った空を見上げながら、京香は呪文のように口の中で繰り返した。  何故、こうなってしまったのだろう。華やかで楽しい一年を送るはずだったのに。この合宿も不安ながら楽しみにしていたのに。  昨夜の事を思いだし、京香は泣きたくなった。 昨夜、莉奈と真理子と彩実は夜中に部屋をこそこそと出て行き、彼女達はあろうことか京香が一人寝ているところに岩城、木戸、川瀬の三人を部屋に招き入れたのだ。 男達の忍び笑いで目が覚めた京香は、夜中に男三人と自分一人の空間に心底恐怖した。 「な、なんでっ?」  慌てる京香を見て、スマホを構えていた男子三人が笑い転げる。 「寝起きドッキリ成功―っ!」 「やべー、寝顔もブスかよ。撮影の価値ねーよ」 「岩城は厳しいな、オレはけっこういけると思うぞ」 「木戸、趣味ワリィな。オレは真理子達の寝顔が見たかった」 「つーか、佐野ノーブラじゃん」 川瀬の指摘に京香は慌てて布団を引っ張って上半身を隠すように抱えた。寝る時にはブラジャーをしない習慣が災いした。 出先で今の自分の立場を鑑みれば、もっと警戒するべきだったのに。 悔しさと恥じらいで唇を噛む京香に男子三人が迫ってくる。 「その、出て行って欲しいんだけど……」  弱々しく笑いながらお願いすると、川瀬達はケラケラと笑った。 「そうつれないこと言うなよ、遊びに来てやったんじゃん。木戸がこの前のカラオケ店の続きしてーってさ」  川瀬が糸目をぎらつかせた。 カラオケ店。あの時のことが蘇り、京香は思わず身を竦めた。怖くて喋れずに、呆然と三人を見る。 それを了承と受け取ったのか、木戸がベッドに上がってくる。そのまま仰向けに押し倒された。厚みのある手が乱暴に胸をまさぐる。 「いっ、痛いっ」 「木戸はヘタクソだからな。オレが手本を見せてやるよ、どいてろ」  岩城に言われて木戸が京香から離れる。今度は岩城が跨り、胸を揉んできた。木戸とは違って、触り慣れた手つきだった。敏感な先端を転がすように触れたり、優しく揉んだりされて思わず身体が反応する。 嫌悪しながらも感じてしまった。恥ずかしくて泣きそうになっていると、川瀬の手が太腿を撫でてきた。手がハーフパンツの裾から入り込んで足の付け根から股間に移動する。 「や、やめてっ!」  叫んで起き上がろうとした瞬間、頬に鋭い痛みを感じた。じんじん傷む頬を押さえて目を丸くする京香を岩城が怒鳴りつける。 「大人しくしてろ、ぶっ殺すぞ!」  垂れ目を吊り上げて叫ぶ岩城に心の底から恐怖を感じて、身体が硬直した。 唇を引き結んで動けなくなった京香の身体を、岩城達は好き放題触り回した。いつの間にか服を脱がされ、わき腹や内腿などの敏感な部分を舌や指が這いまわる。吐きそうなくらい嫌なのに体が熱を帯びる。 「おら、舐めろ」  目の前に岩城が性器を晒した。顔を背けると、首を絞められた。苦しくて開いた口の中に無理やり性器を捻じ込まれる。 「噛んだら殺すからな」  本気で殺される。恐ろしい低い声に急きたてられるように、京香は吐きそうになるのを堪えて舌を動かす。 川瀬が右手に性器を握らせて「扱け」と命じた。応じなかったらどうなるのだろう。固まっていると、手を思い切り抓られた。痛みに負けて右手を動かし始める。 言いなりになったらだめだと頭でわかっているけど、岩城達が怖くて逆らえない。彼らが弱い生徒を殴っているのを何度も見ている。 同じクラスの小西なんて「太ってるから殴るとボヨンボヨン揺れておもしれー」と、吐き戻すまで殴られていた。 彼らの親分の赤塚も恐ろしいけど、三人揃った彼らはもっと凶悪だ。善悪の判断がつかない子供みたいな恐ろしさを秘めている。 いつか、彼らはうっかり誰かを殺してしまうのではないかと思うことがあるくらいだ。その被害者が自分だという可能性もあり得る。  いやだ、死にたくない。 急に押し寄せてきた死の恐怖に縛られ、京香は彼らに逆らえなかった。岩城が目の前でコンドームの袋をビリビリと破く。自分には暫く無縁だと思っていた物をこんな形で目にするなんて。岩城に教わってコンドームを装着した木戸に足を大きく広げられた。ズンと鈍い衝撃と痛みが下半身を襲う。 うっうっと呻きながら木戸が激しく腰を振る。それに合わせて、京香の貧相な身体がガクガクと揺れた。  他人事のように、三人の男に代わる代わる犯される自分を見ているような気分だった。男達の律動にあわせて体が快感に悶え、甲高い声を上げている。それさえも自分のことだと思えなかった。  これは悪い夢で現実じゃない。嵐が過ぎ去るまで、京香は彼方に意識を飛ばしていた。  行為を終えた三人は何事もなかったように部屋を出て行った。 ベッドにぐったりと横たわっていた京香は暫くぼんやりと天井を見詰めていた。何が起こったか理解できなかった。  ベッドサイドのスマホを手に取る。時刻は午前零時を過ぎていた。莉奈達はまだ戻ってこない。のろのろと起き上がり、とりあえずティッシュで汚れを拭きとった。それからバスルームに入る。 鷹代からは集団生活を身につけることと、友人との心的距離を近づけることが名目の合宿なので大浴場を利用するようにと言われているが、きっと鷹代個人の意見ではないだろう。多分、学校の方針だ。だから多分、自室のシャワールームを使っても、鷹代には怒られないだろう。  バスルームに入り、汗やこびりついた体液を流す。熱いお湯を頭から浴びていると、目頭が俄かに熱くなった。 堪えきれずに嗚咽を漏らして床に座り込む。自分の身に何が起きたのか理解できなかったし、したくもなかった。泣きながらシャワーを浴び続ける。いつまでも、綺麗になった気がしない。 漸くシャワーを止めた途端に吐き気がして、トイレのふちにしがみついて吐き戻した。胃の中を空っぽにすると立ち上がり、バスタオルで赤くなるまで身体を拭いた。 部屋に鍵をかけて頭から布団に潜り込む。 もう明日なんてこなくていい。本気でそう願った。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加