第四章

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 日が沈み、森の中がひっそりと静まり返る。虫や獣の気配すら薄い無人島の夜は異様な静けさに包まれていて不気味だ。 篝は班員と共にナイトウォークの順番を待ちながら細く息を吐きだした。  合宿二日目の今日もまたトラブルが起きた。京香が行方不明になってしまったのだ。 昼食に集まらなかったことで京香の不在が発覚し、全員で探し回って漸く京香は発見された。彼女は食糧庫の氷室に閉じ込められていた。 見つけたのは影沼オーナーだ。幸い京香に怪我はなかったが、彼女はすっかり塞ぎ込み、今は部屋に籠っている。  ナイトウォーキングは電飾や飾りで彩られた森の中を歩いて進みながら、物語の世界を体験するアトラクションだ。ダークファンタジーの世界がテーマとなっているらしい。 「お待たせしました、三班の君達も行っていいですよ。ゆっくり楽しんで来て下さい」  月山に送り出されて、篝達の班はスタート地点を出発した。  獣道の左右に置かれたランタンの橙色の明かりが丸く闇に浮かび上がっている。幻想的な光の道を進むと、少し開けた場所に出た。  音楽が流れ、古い井戸に映像が投影される。 「子供っぽいアトラクションかと思っていたけど、素敵ね」 「ホント、すっごいキレイ」  彩実も沙也もうっとりとした顔をしていた。  森の中に赤や青や橙など様々な色の光が幻想的に浮かび上がるのがとても美しく神秘的だ。お伽噺の世界に迷い込んだような錯覚を起こす。 作られていない自然の森、不安定な山道、幻想的な明かり。子供は勿論、大人も楽しめそうだ。 遊歩道として設けられた木橋の道に青く光る飛び石が置いてある。踏むと音が鳴った。そこを通って階段を登ると、道や木に無数の青白い光が浮かぶ場所に出た。 「蛍がたくさん飛んでいるみたいで綺麗だな」 「本当に綺麗だね、篝。ずっとここに居たくなってしまう。蛍にも似ているけど、星空の中にいるみたいな気もしないかい?」 「星空か、確かにな。でも流石にずっといたいとは思わない」 「そうかな?僕は好きな人と二人きりで永遠にこの場所に居られたら素敵だと思うよ」 「真澄君はロマンチストなのね。貴方みたいな落ち着いたハンサムさんが好きなのはどんな人なのかしら。興味があるわ」  彩実が毛先だけ緩く巻いた髪を掻き上げながら、妖艶な笑みを浮かべて真澄を覗き込む。真澄は答えずに曖昧な笑みを浮かべた。  星々の空間を抜けて暫く歩くと、今度は怪しげな赤い森が眼前に広がっていた。 直前に訪れたプロジェクションマッピングのスポットで見た映像は、いなくなった大事な人を異界に探しにきた少年が迷いの森に迷い込む場面だった。 そのシーンと連動して、参加者は実際に迷路に迷い込むようになっているようだ。 凝った演出に篝は感心する。  怪しげな音楽と声が響く。進むものを惑わすように「こっちにおいで」とか「あっちは危ないよ」と誰かが囁く。忍び笑いや悲鳴も聞こえて、なかなかダークな演出だ。 幼子でなくても怖くなるような不気味な森。危険を示す赤色の光に不安を煽られる。 点々と木に吊るされた看板の字はおどろおどろしく、謎かけめいたことが書かれている。正しい道のヒントだろうが、なかなか難解だ。子供向けの迷路だと侮っていると抜け出せなくなりそうだ。 「けっこう気味ワリィな。お化け屋敷みてー。見ろよあそこ、逆さのテルテル坊主が飾ってある。しかもヒデェ顔してるぜ」  細い枝から吊り下げられた左右の目の大きさが違う気持ち悪いテルテル坊主を佐助が指さすと、彩実が茶目っ気ある笑みを浮かべた。 「あら佐助君、そう言う割にはまったく怖くなさそうじゃないわよ」 「まあ、怖くはねーな。むしろ、ホラーじみた感じで愉しい」 「ホラー映画の世界ね」  話しながら彩実と佐助がどんどん進んでいく。彼らの一歩後ろを歩いていた篝は、奇妙な飾りの前で足を止めた。  赤い光の恩恵から疎外された隅っこの木々に紛れて、ポツンと案山子が立っていた。 ボロボロの麻袋に包まれた姿は死体を想像させて気味が悪い。頭の部分が少し破れていて顔が覗いているが、焼け爛れていておぞましい。 麻布から僅かに見える手首や顔は布やマネキンなどではなく、蝋人形のように精巧な造りをしている。 触れば体温と皮膚の感触を感じそうだと思えるくらい、人間に近い案山子だ。 「なんだか、気持ち悪い飾りだね」  隣に並んだ真澄がぐっと眉を寄せる。 「ああ、まるで生きているみたいだ」 「本物だったりして」  冗談めかしていう真澄の言葉が真実である気がして、篝は震えた。  触ってみればわかるかもしれないと手を伸ばし掛けた時、佐助に呼ばれた。 「置いて行かれてしまうよ、篝。行こう」  案山子に触れようとした手を引っ込めて、篝は真澄と一緒に佐助の声を追った。  迷いの森を抜け、森のてっぺんまでやってきた。空に浮かんだ月が下方の海を照らしている。月の道が海に伸びていた。 「おう、三班もちゃんときたな」  頂上で待ち構えていた鷹代がひらりと手を振って篝達を迎える。 「鷹代先生、おつかれさまです」 「ナイトウォーキングはどうだった?篝」 「とても美しかったです。でも、不気味な箇所もありました。特に迷いの森が気味悪かったです」 「まー、ダークファンタジーがテーマらしいからな。美しいだけよりも、ちょっと怖いくらいが人気なんだとさ」 「先生、物語を見る邪魔になるので黙ってもらえますか?」  篝と鷹代が喋っていると真澄が割って入った。鷹代は少し面食らった顔になったが「わりぃ」と軽く謝って口を噤む。 山肌に物語のクライマックスが映し出される。 迷い込んだ異世界は精霊の国であり、少年の大切な人レムはすでに死んでいた。精霊となったレムと共に、精霊の国を脅かす悪い悪魔を追い返し、最期の別れを告げて少年は自分が生きる現世に戻ったという話だ。  彩実、沙也、風花が感動で目を潤ませている。真澄は涙こそ浮かべなかったものの、物憂げな顔でプロジェクションマッピングを見詰めていた。 三十分後、全ての班が山の麓に戻った。時刻は午後九時半を回っている。 「全員揃ったか?」  鷹代が尋ねると、学級委員長の最上が手を挙げた。 「先生、一人いないです」 「本当か?誰だ、いないヤツ」 「小田です」 「小田?そういやアイツ、腹壊して動けねーからナイトウォーキングには参加しないとか小西が言ってたな。小西、小田はまだ便所か?」  鷹代に尋ねられて、小西は太った身体を大きく震わせた。 真っ青な顔に怯えた目でチラチラと視線を横に逸らしていた。その視線の先には岩城達がいる。 「どうした、小西。小田はどうしたんだよ」  鷹代に強い口調で再度質問され、小西は切羽詰まった表情で叫んだ。 「そのっ、小田君のことは、ボクは何も知らないんですっ。岩城君達が小田君はトイレに行ってるって、ボクに言えっていうから!」  鷹代の表情が俄かに曇る。鷹代がいつもとは違う真剣な顔で岩城を見た。 「岩城、小田は本当に便所に行ったんだろうな?」 「嘘なんかついてねーぞ。便所に入った後でどうなったかは知らねーけどな」 「ホテルの便所か?それとも外のバーベキュー会場近くか?」 「……外だよ、外」  歯切れ悪く答えた岩城に疑うような視線を向けながらも、鷹代はトイレの方に走っていった。残された生徒達が俄かにざわつく。  十分ほどして鷹代が戻って来た。小田の姿はない。 「小田は便所にはいなかった。部屋にもいねぇ。誰か心当たりは?」  誰もが首を横に振った。鷹代が顔を顰める。 「悪いが、みんな手分けして小田を探してくれ。必ず行動班で動くように。月山先生、影沼オーナーも小田を探して下さい。いいか、森の深い場所や崖の方には近付くなよ。海にも入るな。夜の海は危ないからな。この島はケータイが使えないから、見つけたら大声で叫んでくれ。小田が見つからなくても、今から三十分後にはここに戻って来いよ。そんじゃあ解散」  鷹代の合図と共に、生徒達が四方に散る。
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