第一章

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いつもと変わらない授業、休み時間。それなのに、クラスメイトの殆どが大なり小なりそわそわしている。 いつもは冷めた性格の篝でさえも、珍しく少し浮足立っていた。  もうすぐ大きな行事が迫っている。五日間の合宿だ。 星宮高校には修学旅行がない代わりに、高校二年生になると、クラスごとに学校を離れて五日間の合宿を行う。  数年前、普通の修学旅行では楽しいだけで何の学びも成長もないと言い出した教師の企画だ。 はじめこそはブーイングが多かったが、やってみると案外楽しめていい思い出作りになったようで、それ以降、修学旅行の代わりに合宿を行うのが定番になった。  入学当初にその話を聞いた時は興味がなかったが、今はちょっと楽しみにしている。  学校の帰り、いつものように夕食の買い出しでスーパーに立ち寄った篝は、珍しくお菓子も買い、両手にエコバックを下げてスーパーを出た。  一度は止んでいた雨がまた降っている。幸い小降りだ。傘を差さずに歩き出す。  しばらく歩いていると、後ろから誰かが傘を差し掛けてきた。 「傘ぐらい差せよ、篝」  振り返ると、鷹代颯一(たかしろそういち)が苦笑していた。篝はクールな顔を綻ばせる。 「鷹代先生、お疲れさまです」 「今日はいつになく大量の買い物だな。おっ、珍しく菓子なんか買って。そっか、合宿に持ってくやつか。なんだ、オマエも案外ちゃんと高校生してるんだな」 鷹代が歯を見せてにかっと笑う。薄暗い雨降りでもそこだけ陽が差したみたいに明るくなった気がした。 すっかり歩き慣れた道を鷹代と並んで歩く。古めかしい鷹代のアパートが見えてきた。三階の角部屋が鷹代の部屋だ。 「篝、いらっしゃい」 「おじゃまします」  ただいまと言っても違和感がないくらい何度もこの部屋を訪れている。篝は慣れた足取りでキッチンに向かった。エプロンを身に着け、夕食を作り始める。 「先生、今日はいちだんと早いですね」 「いちだんとってなんだよ、いつも仕事してないみたいだからその言い方はやめろ」 「すみません、そういうつもりはないです。ただ、教師なんてすごく忙しいのに、いつも七時過ぎには家に帰っているからすごいなと思って」 「手抜きなだけだよ」  鷹代が褐色の瞳を細めてへらりと笑う。悪ぶっているけど、彼が生徒思いのいい先生だということを篝はちゃんと知っている。 鷹代はだらしなくて、ルーズでのんびりしていて、破天荒な面があると、他の先生には嫌われているらしいが、意外と頼りになると生徒からは密かに人気だ。 二十五歳と若いわりに爽やかさはあまりないが、三白眼な吊り目に男らしい眉、大きい口に厚めの唇はきりっとしていれば精悍な顔立ちだ。 背が高くて筋肉質で男らしい体つきをしていて外見は悪くない。それに誰に対しても平等な態度で接し、生徒の言葉にちゃんと耳を傾けてくれるところが人気だ。  高校二年生になって鷹代が担任になったばかりの頃、篝は彼についてあまりなんとも思っていなかった。 だけど四月早々に彼に助けられてから、惹かれるようになった。
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