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その日、篝は集団リンチの現場を目撃し、いつものように首を突っ込んだ。
被害者はひ弱そうなロン毛の不良生徒で、彼を囲んでいたのは同じ年頃の見るからにやばそうな連中だった。耳や鼻で輝くピアス、ソフトモヒカンや明るい色に染めた派手な髪の賑やかな外見で人相が悪い。
相手は七人いたが放っておけなかった。
下校途中だった篝は一人、彼らの輪に入った。
「何をやっているんだ。そんなに蹴ったら死ぬぞ」
闖入者を不良達がいっせいに見る。
「なんだよ、テメー。関係ねぇんだからすっこんでろ」
「目撃した以上、関係はあるだろう」
「うぜぇヤロウだな、失せろ。ここにいたら、オマエの綺麗なツラもぐちゃぐちゃになるぜ」
「断る」
「そうかよ、じゃあタコ殴りだな。やるぞ、テメェら!」
合図とともに、一斉に不良達が飛びかかってきた。気が進まなかったが、一方的に殴られる趣味はない。篝は鞄を地面に置いて、不良達に応戦する。
こんな性格だから、トラブルに巻き込まれることは少なくなかった。大勢を一人で相手にすることにも慣れている。
軽く構え、相手の蹴りや拳を素早く躱してカウンターをくらわせていく。
七人いた不良が一人、また一人と地面に倒れていく。焦った不良連中の一人が叫んだ。
「こ、この人殺しめっ!」
何を大袈裟なことを言っているのだと、普通の人ならば呆れたり笑ったりしただろう。しかし、その言葉は篝にとっては楔だった。
手足からすっと血の気が引いて、頭の中に甲高く罅割れた警鐘が鳴り響く。目の前にある景色が遠のいて、身体から力が抜けた。
膝を着いて蹲る篝に、不良達が異様なものを見るような目を向ける。やがて、その目に好奇と嗜虐心が滲んだ。
「なんだコイツ。急に無抵抗になりやがったぜ」
不良達が蹲った篝の肩を蹴り飛ばす。防御することすらままならない篝を、男達は執拗に攻めた。痛みと苦しさに微かな呻き声を漏らしながら、篝は動けずにいた。
人殺しと自分を罵った悪魔の顔が脳裏に蘇り、心を蝕む。頭の中に忍び込んだ空白。何が起こったのか分からなくなるほどの恐怖。
現実が遠のき、悪夢の中に一人取り残されたような苦しみ。
抵抗してはいけない。頭の中で誰かが囁いている。篝はその声に従い無抵抗を貫いた。
痛みで朦朧としていた篝の前に、思わぬ救世主が現れた。
それが鷹代だった。
「オイ、そいつを離せよ。オレのクラスの生徒だぞ。何しやがるんだ」
「学校ドラマの見過ぎはよくねぇぜ。失せろよ、先公」
「ハイハイ、喧嘩終了。さっさとそいつを離して帰れって」
「あぁ?なめてんのかテメー!」
不良共が一斉に鷹代に殴りかかる。
やられる。篝は罪悪感に唇を噛んだ。だが、思いがけず鷹代はとんでもなく喧嘩が強かった。あっという間に全員を地面に寝かしつけてしまったのだ。
瞬きをくりかえす篝に、鷹代はにっと笑った。
「なんだよ水名月、無表情な奴だと思ってたけど、オマエも年相応の表情ができるんだな」
「はあ、すみません」
「謝るなよ。それより、平気か?」
「平気です。怪我にはわりと慣れているし、俺は丈夫ですから」
「怪我に慣れるって、可笑しなヤツだな。とりあえず、保健室に行くぞ。にしても、なんで殴られてた?」
「集団リンチを目撃して、止めようとしたらやられました」
「馬鹿だな、一人で首突っ込んだのかよ」
「放っておけなかったので。先生こそ、何故助けてくれたんですか?」
「オマエが危なそうだったから」
「だからって、普通は関わりませんよ」
「はは、オレは血の気が多いんだよ」
そう言って眩しく笑った鷹代から目が離せなかった。何度も不良と喧嘩をしてきたけれど、助けてくれたのは彼が初めてだった。
篝はその日から鷹代に積極的に話しかけるようになった。一人暮らしで食生活に不自由していると聞いて、助けてくれたお礼にと彼の家に押しかけて夕飯を作り、一緒に食べたのがきっかけで、距離がぐっと縮まった。
鷹代ははじめのうち、部屋の前で帰りを待っている自分に困った顔をしていたけど、外で待たすと悪いからと、合鍵をくれた。
それから毎日のように一緒に夕食を食べるようになった。
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