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 翌日。一人暮らしであるはずの僕は、誰かに起こされた。 『やあ、青年』  僕はゆっくりと眼を開けて、その声の主を見た。 「河童?」 『オイラもいるよ』  それから、一つ目。彼らは、いつの日か僕が見た妖怪たちの一部だった。 「何の用だい? ハロウィンはまだ先だよ」 『俺はそんなもんに興味はないさ』  河童がニカっと笑った。僕よりも幾分か歯の本数が多い。 『オイラは興味あるね。その、ハロウィンってやつ』  一つ目は地べたに座り、床を指でゴシゴシしている。 「じゃあ、いったいなんだい? 僕は今日、せっかくの休日なんだ。だからゆっくり眠りたいんだよ」 『青年、散歩に行こう』  唐突に、カッパは僕に提案した。 「は、散歩?」 『そう。散歩をすれば、青年はこの世界のことがわかるから』 『おいらも賛成』 『それに、俺たちは青年に感謝しなきゃいけないからな。散歩の途中にお礼も探したいんだ』 「おいおい、僕は君たちに何かしたかい? ちょっと、記憶にないけどな」  しかし、河童はルンルンした顔で言うのだ。 『青年は月を食べてくれた。そうだろう?』  そういえば、僕は昨日「狼であろう不思議な生き物」に懇求され、月を食べたのだ。今のところ、特に胃袋に異常はない。それから、「狼であろう生き物」は僕が月を食べれば姿が変わるとほざいていたが、去るまで変わった様子はなかった。結局あれは幻で、「狼であろう不思議な生き物」はただの嘘つきだった。といった結末に持っていけたらよかったが、なぜだか僕の目の前にいる妖怪たちも僕が月を食べたことに対して喜んでいた。 「たしかに、僕は昨晩月を食べたよ。しかし、それがいったい何の意味を持つのか、教えてほしいね」  ただ、河童も一つ目も、「それは外に出ればわかるさ」と言って、僕を急かすだけだった。 「わかったよ。支度するから待っていてくれ」  僕はパジャマからグレーのパーカーとジーパンに着替えて、スマホと財布と家の鍵を持って、妖怪たちと家を出た。  驚いた。しばらく歩いているが、人間の姿が全く見当たらない。そして代わりにいるのは、河童や一つ目のような妖怪ばかりなのだ。 「どういうことだい、これは」  すると、河童は僕の胃袋あたりをさすった。『月だよ』「月?」『そうさ』 『青年は、月を食べた。そのことで、人間たちはみんな滅んだんだ。この世は、月が人間たちを支配していたんだよ』  けむくじゃらの妖怪が、『その通りさ!』と言って地面を這いつくばりながらどこかへ向かう。紫色の飛魚は水たまりを行ったり来たりしているし、顔がでかい男(それは人間とは呼べない奇天烈な生き物だった)はおそらく盗んだコンビニ弁当を食べていた。 『そして、青年が月を食べてくれたおかげで、俺たち妖怪や不思議な生き物たちが自由に生きられるようになったわけさ。そりゃあ、人間がいたら生きづらいからね。ほんと、助かったよ』 「いや、でもさ」 『どうした、青年』 「僕は生きているじゃないか。それはどうして?」  掴み取れない現実に、湧き上がってくる恐怖と不安と怒りのせいで、全身に細胞が小刻みに震えている。その上で、僕は大きな疑問を残している。どうして僕は生きているのか。  しかし、その答えはあまりにも明瞭だった。 『それは、青年が月を食べたからだよ。言い換えれば、青年は月と一体化したんだ。だから青年は生きていられる』  僕は月が無くなった青空を見上げた。そこには、一匹の黒い毛をした龍が飛んでいた。そしておそらく、その龍が僕の心に向けて呟いた。 『月を食べてくれてありがとう。おかげで本当の姿になることができた。感謝する、青年』  そのとき、僕は邂逅した龍に対して、素直に感動してしまったのだった。 (了)
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