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「簡単に言ってくれるじゃないか」
まるでキャンディを舐めるくらいの容易さ。しかし、僕はそんなわけなかろうと嘲笑った。
「たしかに、僕は君たちのような不思議な生き物と対話できる。だけど、残念ながら月を摘めるような能力は持ち合わせていないよ」
『ならば、試してみればいい』
「試す?」
『そうだ。月に指を当てて、摘む仕草をしてみろ。そうしたら、青年の手には月がある。それを口の中に入れたらいい』
「全く、馬鹿馬鹿しいね」
ただ、やらないまま終わりにするのは消化不良な気もして、試しに僕はムラのない黒い空に浮かぶ、一つの満月に向かって手を向けた。それから親指と人差し指で、月を摘む行為をした。
瞬間、ザラっとした感覚とほんのり温かい温度が、僕の指を伝った。それは飴玉みたく固い球体で、そのとき初めて僕は月を摘んだ事実を知った。
「嘘だろ?」
『本当さ。それが現実なんだ。さあ、口に入れてくれ。そして、私の姿を変えてくれ』
僕は言われた通り、月を口に入れた。味はしない。それはそうだ。これは「月」なのだから。
『噛み砕いてくれ』
「これを?」
『そうだ』
不味くもないが美味くもないそれを僕はすぐにでも吐き出したかったが、仕方なく奥歯で噛み砕く。ガリガリっとした音がするかと思ったが、咀嚼した瞬間、パン! と風船が割れたような破裂音がして、あっという間に僕の口から無くなってしまった。
「あれ、無くなった」
『ありがとう、青年。おかげで僕は新しい生命に生まれ変われそうだ』
それから「狼」は僕を一瞥して、くるっと反対方向を向いて、茂みの中に飛び込んでしまった。
「おい、狼さんよ。おい」
しかし、茂みの中に彼はもういなかった。
「いったい、なんだったんだ?」
気になって夜空を見上げると、たしかに月は無くなっていた。そこには先ほどまで可愛らしい満月があったはずだが、今は星がまばらに散らばっているだけだ。
きっと、僕は幻を見ているに違いない。違いないのだ。
「まあ、帰るか」
僕も家の方向に足を向け、不思議な月夜の遭遇だったなと思いながら、月を食べてしまった罪悪感と不安感を抱えながら、それでも明日になったら夢から覚めるだろうと信じながら、家に帰った。それからすぐにシャワーを浴びると、いよいよまぶたが重たくなり、パジャマに着替えて歯を磨くと、僕の意識はベッドへと一直線に向かい、バタンと倒れた僕の記憶はその辺りで途切れてしまった。
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