10年間の代償

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10年間の代償

「あーつかれた。ただいまー。」 仕事帰りの由真は、リビングのドアをあけ、保育園のリュックや買い物の袋をどさっと床に置いた。 そして肩でリビングの電気のスイッチを押した。 その右横からするりと、小さな我が子が通りすぎるのを見た。 「あーちゃん、先、手洗いなさいよ。」 今年5歳になる葵は、小さく「はぁい。」と言いながらソファの前の大きな物体を見ていた。 由真が、 「さっ、手を洗いに・・」 と葵の手を引こうとした時、ソファの前に大きな塊があるのに気付いた。 「え??」 あまりの驚きに2度見した。 「ウタ!!??あんた何してんの??岩かよ!!」 由真が驚くのも無理もない。握手会から戻った詩は、チェキを見た後、自分の部屋に戻る元気もなく、このソファに顔をうずめ、ずっと体を丸めて考えていたのだった。 「ねぇ、ママ、うーちゃんお腹痛いの?なんで丸くなってるの?」 子供の問いかけに由真はため息をついた。 「ウタ・・。だから私ついていこうか?っていったじゃん。やっぱり10年ぶりに一人で外出とか無理よ。行けなくて帰ってきた?? でも、えらいえらい。ちゃんと行こうとはしたんだから。 これからは徐々にならしていって、またねーちゃんとBee 7thのライブ行こ。」 由真は、びくりとも動かない詩を、岩にしか見えんと心の中で思いながら背中をさすった。それを見た葵も、「イタイノイタイノとんでけー」と言いながら詩の背中をさすった。 「チガウ・・・・」 「えっ???!!」 由真は詩の背中に耳を当てた。 詩は、かすれた声で今にも消えそうな言葉を発した。 が、由真には全く聞き取れなかった。 「なんて?もう1回。」 詩は、ソファに顔をうずめたまま、片手に持っていたチェキを差し出した。 「なにこれ?」 由真はチェキを受け取り、ソファに座りそれを見た。 「やだーーー!!ちゃんと行けたんじゃない!!私てっきり、あんたが行けなくて岩みたいにへこんでるのかと思ったわ。写真まで撮ってもらって!やだぁ、紫音イケメンすぎない?やっぱり背高いのね。美しすぎるわ。写真でもオーラわかんじゃん。」 由真は、そういいながら、一発詩の背中をバチンと叩き、まじまじとチェキの中の紫音を見ながら、満足そうに笑った。隣でいる、葵もつられて笑い「よかったねぇ」と可愛くいった。 しかし由真は、途中で、ん?と疑問に感じ、詩の肩に手をやった。 「いや、え?なんで?そんで?なんであんた岩みたいにへこんでんの? 一人で外出もできて、紫音に会えてハッピーじゃん。なにがダメだったわけ?」 由真は、顔をうずめている詩をのぞきこんだ。 詩はゆっくり顔を上げ、 「これ、誰?」 とぐちゃぐちゃの顔をしながら、自分を指さして言った。 「え?」 由真は目が点になった。一瞬何を言ってるのかわからなかったが、とりあえず答えた。 「いや、あんた…だよね?ウタだけど?」 「ウッッッッ。」 詩は由真を見ながら持っていたバスタオルで口を塞ぎながら、声を殺して泣き始めた。 「えっ!えっ?何?何が?!何よ!?あんたじゃん、あんた意外誰なんだよ!逆に聞くわ!誰よじゃあこれ?! 何で泣くの!!」 由真は急に泣き出した詩に驚きすぎて早口でチェキを指さしながら言った。 葵は、ビックリして口をあけて眺めていた。 由真の言葉にもっと泣き始めた詩は、バスタオルをはずして声を出してわんわん泣き始めた。 「やだやだやだやだ!なになになになに!! あーちゃん!紙袋もってきて!」 由真は急に大声で泣き出した詩が過呼吸になるのを恐れた。突然の事で、何が起こったのかわからなかったがとにかく妹を抱きしめる事にした。 「よしよしよしよし。どうした。いきなり一人で外出はキツかったよね。辛かったよね。」 由真は、ひきこもりの妹が何年ぶりかに外出したのでパニックになったんだと思った。 「チ…チ…チ…ガウ…。」 詩はしゃくりながら由真に訴えた。 「え?違うの?どうした?」 由真は詩の回答に拍子抜けし、詩の肩を持ち顔を眺めた。 「ママー。紙袋、これ?」 葵は茶色の小さい紙袋を手に持って由真に渡した。 「あーちゃん、偉いね、ありがとね」 由真は、にっこり笑って言うと、すぐに詩にかぶせれるよう手に持ってスタンバイした。 「で?どうした?なんでもいってみな。」 詩は、ぐしゃぐしゃの泣き腫らした顔で、肩で息をしながらチェキの写真を指さした。 「え?」 由真はチェキを再び見た。この中に何が?なんの謎解き?と考えていると、詩が一言。 「今の私…こんなひどいの…?」 由真は目をぱちくりさせた。 「えっ?そこ?」 詩は、徐々にまた顔が崩れていき 「うわあああああああん」 と声をあげて泣き始めた。 「えっ?えっ?えっ?」 由真は驚きながら、 「えっ?ひどくはないけど、いつものあんただけど?!」 と詩をまた抱きしめながらいうと、 「うわああああああああん、余計ひどいよ〜」 とさらに泣き出した。 葵は様子を見ている。 「えっ、えっ、ショックってこと?こんなんじゃないってこと?」 由真がパニックになっていると、 「だってさ、だってこんな紫音様と横に並んでたら、美女と野獣っていうか、美少年と魔獣みたいじゃあああん。」 と詩が肩で息をしながら涙ながらにいった。 ー確かに。 由真は一瞬納得してしまった。なぜなら、それほどまでに紫音は美しく、横にいた黒尽くめの詩が魔女のような獣にも見えた。いや、しかしそんなことは口が裂けても言えない。 「いや、そりゃあさ芸能人ってかアイドルだからね。アイドル!!誰だってこんな人と並んだらこうなるって!」 由真は精一杯励ました。 葵はまだ様子を見ている。 「でもでもでも!私こんなデカいの!いつの間にこんなデカくなって!肌もカサカサで!10年前はこんなじゃなかったよおおお!」 詩は、またさらに泣き始めた。 それを聞いた由真は、ぷつんと何かが切れたように座った目で詩を下から見上げて言った。 「いや、詩。あんた、10年だよ10年。たかが10年って引きこもってたあんたは思うかもだけどね、この10年でどんだけ変わったと思う? 私だって、ぴちぴちだったギャルから、今はシングルマザーであーちゃんも産まれて、看護師になって日々育児と家事に追われる生活さ。 体だって一人産んで体力も衰えて、肌だって10年前と比べものにならないよ。 でもね、休みの日はジム行って鍛えて、なるべく老化を止めようと努力してんのさ。 世の中の女はそーやって陰で努力してんだよ。 でも、あんたはいろんな事から目を背けて、辛いっていう思いだけで生きてきた。周りがどんだけあんたを大事にしてるかってわからずに。 その結果が、これだよ!!!」 元ヤンの由真は舌を時折巻きながら、ついにキレてチェキを指さしながら言った。 詩は一瞬泣き止んで、肩で激しく息をした。 「部屋の中で何も見ようとせず、周りもシャットダウンして、好きな時に寝て好きな時に食べて、もう疲れたから死のうとかして。そりゃ、ぶくぶくぶくぶく太るよな?!肌もカサカサになるよな?!やっと現実みた?!10年間の代償がこれだよ!他にももっと代償がくるよ!あんたを生き返らせた紫音に恥ずかしいと思うんだったら、泣いている暇があるんだったら、最後にもう一回頑張って、綺麗になった姿で会いに行ったらどう?!」 由真は、はあはあと息を切らしながらいった。 葵は由真にぴとっとくっついて、詩をじっと見た。 「ウッッッッ。」 詩は、今以上に泣いて、ついには過呼吸になった。 「あーちゃん!タオルもお願い!」 由真は、紙袋を詩の口元につけ背中をさすった。 少し言いすぎたかな、と一瞬思ったが、首を横にふり、いやたまにはガツンと言わなあかんのだ、一片の悔いなし。と由真は考え直した。 詩は、泣きながら、 ーゆっちゃんの言う通り。変わりたい。もう一度変わった姿で紫音様に会いたい。 そう思った。 ここからが、詩の人生の始まりだった。
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