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「今から梁瀬の本家に向かう。そこで誰になにを言われても、黙って笑っていろ」
「え?」
「お前は今から俺の婚約者だ。入籍は来月、結婚式は再来月だ」
さらりと言われた言葉に、思わず顔を上げる。
婚約者?
結婚式?
「とりあえず早々に俺の自宅マンションへ引っ越せ」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんの話をしているんですか?」
「俺たちの結婚の話だ」
「どうして、初対面の私と梁瀬社長が結婚するんですか!」
こんなハイスペックな、雲の上の世界の人と結婚なんてありえない。
しかもつい数分前に初めて話したばかりだ。
冗談にしては笑えない。
「本当に、どなたかと、勘違いされていませんか?」
「間違いではないし、遠縁なのも承知の上だ。お前も梁瀬の縁者ならしきたりを知っているだろ」
信号が赤になり、彼が美麗な面差しを私に向ける。
綺麗な二重の目には剣呑な光が宿る。
その輝きに、彼がこの話にまったく乗り気でないと即座に理解した。
歴史ある梁瀬財閥の直系は言うまでもなく梁瀬家だが、分家も多い。
私の母方の高祖母は分家に嫁いだらしいが、ずいぶん前の話になるため本家とは限りなく薄く、遠い関係だ。
「梁瀬の本家一族は、婚約者を幼い頃に決めるという……?」
母から以前教えてもらった話だ。
本家とはなんの接点もない我が家だが、一応の知識はあったほうがいいでしょ、と当時の母は快活に笑っていた。
「ああ。本家と分家の関係が希薄になるのを防ぐためと他家との縁談で揉めないようにな」
彼が眉間に皺を寄せる。
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