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「で、でも本家と近い関係の同世代の方々が候補になられるのですよね? 梁瀬社長は私より年上ですし、婚約者がこれまでに決まっていないはずは……」
「瑛だ」
「え?」
「婚約者なのだから役職で呼ぶな。名前で呼べ」
……まったく会話が成立していない。
「今はそういう話をしているのではなく……」
「――彩萌」
低い声が私の名前を呼び捨てる。
その瞬間、鼓動がひとつ大きな音を立てた。
長い指がそっと私の頬に触れる。
「今、俺に婚約者はいない。正確にはいなくなった。俺と見合う世代の独身女性は近くにおらず、お前が選ばれた」
淡々とした説明に目を見開く。
「本家からの縁談申し込みは、絶対に断れないと知っているよな?」
ほつれた髪をゆっくりと耳にかけられ、ささやくような声が体に染みわたる。
母に教えられたものと同じ内容に、頭の中が真っ白になる。
「そんな……まさか、だって私は」
自分がなにを話しているのかすら理解できない。
指先がどんどん冷たくなっていく。
縁談を断れない?
この時代に?
今しがた耳にした梁瀬社長の言葉が、グルグル頭の中を駆け巡る。
「……婚約者がいなくなったってどういうことですか?」
ふと、気づいたひと欠片の違和感を口に出す。
彼はちらりと私を一瞥し、前を向く。
信号が青に切り替わり、車が動き出す。
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