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「これが、あなたの条件……?」
掠れた声で問いかけると、大きくうなずく。
「契約結婚だと思ってくれて構わない。俺がお前を愛することはないだろうが、不貞を働くつもりはない」
愛さないと宣告され、なぜか胸が軋む。
結婚はいつかしたいと願っていた。
大それた夢や理想を抱いていたわけじゃない。
玉の輿になんて興味もなかった。
愛する人と幸せで温かな家庭を築きたい、それだけだったのに。
「返事を」
答えを急がされ、なにもかも納得がいかず憤る。
私は彼が梁瀬の後継者として力をもつための駒でしかない。
「考えさせて、ください」
理性を総動員させ、冷静な声を出す。
「なぜ?」
片眉を上げハンドルに頬杖をつく、そんな仕草すら様になるのが腹立たしい。
「なにが不満だ?」
「不満以前の問題です。一生に関わる判断を勢いではできません」
「時間がない。問答無用で花嫁になるところをわざわざ譲歩しているんだぞ? 早く判断しろ」
キツイ視線と口調に怯みそうになる。
なんて最悪な求婚。
その後も何度か時間をほしいと伝えたが、彼はいっこうに聞く耳をもたなかった。
「とにかく今日は無理です! 私は今から交番に行きたいんです」
「は? 交番?」
怪訝な表情を浮かべる彼に、帰る口実ができたとばかりに指輪の件を手短に話した。
ところが私の話を聞くにつれ、彼の眉間の皺が深くなっていく。
「その指輪、見せろ」
「どうしてですか?」
「いいから、早く」
強い口調に抗えず、バッグから渋々取り出して見せる。
すると彼はそれを長い指でつまみ、至近距離で眺めた。
そして、なぜかハハッと楽しげな声を上げ、空いている手で長めの前髪をかき上げた。
強い光を放つ綺麗な二重の目に、心がざわめく。
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