3.「俺の花嫁はお前だけだ」

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「ほら、呼んでみろ」 「え、え……い、さん」 なにかの呼びかけのような拙い発音に、彼が目を細める。 美麗な容貌の人の、不機嫌な表情は凄みがある。 「……もう一度」 「瑛、さん」 「敬称は不要だ」 「でも年上ですし」 言い募ると、これ見よがしに大きな息を吐かれた。 「――彩萌」 どこか甘く、艶の含んだ声に胸がきゅうっと疼く。 名前を呼ばれただけで、心が揺れるなんてありえない。 しかも契約結婚の相手に。 「本家には分家をはじめ、普段から多くの人間が出入りしている。お前との婚姻に難色を示す者はいるだろうが……俺は彩萌を選んだ。忘れるな」 真摯な眼差しに、心音が一段と大きくなる。 「ここには挨拶や会合以外はほとんど来ない。俺の両親はこの離れで主に生活しているが、俺たちはマンションで暮らす」 「……ご両親は私との結婚をどう思われているのですか?」 彼の口ぶりから、自分が招かれざる客であると嫌でも認識する。 「しきたりに則って結婚し、跡継ぎをつくるなら好きにしていいと言われている」 つまり梁瀬の縁者なら誰でもいい、って意味? わかっていた回答なのに、なぜか気落ちする。 「……瑛さんは女性に人気がありますよね、きっと」 思わずこぼれ落ちた失言に、ハッと口を押える。 恋人でもないのにこんな嫉妬じみた発言をするなんて、おかしい。 彼が軽く眉をひそめ、車内の雰囲気がズンと重くなる。
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