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「ほら、呼んでみろ」
「え、え……い、さん」
なにかの呼びかけのような拙い発音に、彼が目を細める。
美麗な容貌の人の、不機嫌な表情は凄みがある。
「……もう一度」
「瑛、さん」
「敬称は不要だ」
「でも年上ですし」
言い募ると、これ見よがしに大きな息を吐かれた。
「――彩萌」
どこか甘く、艶の含んだ声に胸がきゅうっと疼く。
名前を呼ばれただけで、心が揺れるなんてありえない。
しかも契約結婚の相手に。
「本家には分家をはじめ、普段から多くの人間が出入りしている。お前との婚姻に難色を示す者はいるだろうが……俺は彩萌を選んだ。忘れるな」
真摯な眼差しに、心音が一段と大きくなる。
「ここには挨拶や会合以外はほとんど来ない。俺の両親はこの離れで主に生活しているが、俺たちはマンションで暮らす」
「……ご両親は私との結婚をどう思われているのですか?」
彼の口ぶりから、自分が招かれざる客であると嫌でも認識する。
「しきたりに則って結婚し、跡継ぎをつくるなら好きにしていいと言われている」
つまり梁瀬の縁者なら誰でもいい、って意味?
わかっていた回答なのに、なぜか気落ちする。
「……瑛さんは女性に人気がありますよね、きっと」
思わずこぼれ落ちた失言に、ハッと口を押える。
恋人でもないのにこんな嫉妬じみた発言をするなんて、おかしい。
彼が軽く眉をひそめ、車内の雰囲気がズンと重くなる。
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