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「これからも、そうやって言えよ」
ぽんと頭を撫でる手は、存外優しい。
「ただし引っ越しは譲らない。日程が決まったら伝える。お前はしばらく寝ていろ」
「あの、でも、ここ……瑛、さんのベッドですよね?」
「今後は俺とお前の、な。病人が変な気を遣わなくていい、ゆっくり食べろ。終わったら呼べ」
そう言って、腰を上げる。
ベッドを占領している申し訳なさは拭えない。
部屋を出ていく後ろ姿を見つめた後、ベッドサイドに視線を移すと、テーブルの上に私のバッグがあった。
きっと彼が置いてくれたのだろう。
バッグを手に取り、スマートフォンを取り出す。
画面を見ると、現在は土曜日の午後九時半過ぎで、時間の経過に改めて驚く。
ずっと看病してくれた瑛さんには、感謝している。
キツイ口調や鋭い眼差しにひるみそうになるが、本質はとても優しい人なのかもしれない。
契約結婚相手に、ここまで親切にしてくれるくらいなのだから。
ふと思い立ち、彼の前の婚約者を検索する。
詮索するようで、後ろめたさはあったが、思いとどまれなかった。
数分後、調べたことを後悔した。
現在三十歳の朝霞さんは、住宅の内装やエクステリアの製造大手、朝霞建材株式会社のひとり娘だった。
瑛さんの祖父の妹が朝霞家に嫁いでおり、本家にとても近い存在のようだ。
梁瀬グループ傘下の中でも大きな力をもっているらしい。
しかもふたりは幼馴染、瑛さんの態度からも親密さがうかがえる。
立場の違いが大きすぎて、もはやため息しか出ない。
親戚の皆様が紛糾するのも納得だ。
契約結婚の私が気にする必要はない。
わかっているのに、なぜか心が不安定に揺れる。
その理由を知りたくなくて、スマートフォンを暗転しギュッと目を閉じた。
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