化け猫 

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灰色の世界に自然に溶け込んでいる灰色のスーツの男が俺の目の前に現れたのは、枯葉が舞い始めた秋の朝。 『おまえはいいな。毎日毎日、そこでそうして寝そべっていても、誰に咎められることもなく』 そう呟いた男は、ぼんやり立ち止まり、疲れた顔で俺を見ていた。 男は大きなため息をつくと、近くのベンチに座り込んだ。 『死にたい。何もできない、のろまな自分がイヤになった・・』 男は俺を見て、そう言った。 7cb20022-9f36-4182-a931-71c759a2075a 『おまえはいいな。誰とも比べない自分を生きているんだろう。僕もそうしたいのに。どうしても比べられて、比べてしまう。僕だって頑張っているんだ。努力してきたんだよ。だけど。せっかくの長年の僕の・・・いや、親父(おやじ)と僕の努力の成果をライバルに横取りされた。悔しい。殴り倒したい。いや殺してやりたいとさえ思う。アイツは僕の心をめちゃくちゃに踏み躙った。それなのに僕はアイツにつかみかかることさえできない。苦しい。僕の努力は、僕と親父の長年の研究は、水の泡となって消えていく。イヤ、僕の目の前から遠ざかるだけで研究の成果は・・必ず人々を幸せにするだろう。それでいいんだ。そう思うことにしよう。だけど・・・ 教授は僕をののしった。おまえがぼんやりしているからだ。出し抜かれた責任は、おまえにある。もっと厳重に管理していれば悲劇は起こらなかったのだ。おまえは父上の血の滲むような努力を、なぜテーブルの上に放置するような真似をしたんだ。おまえのだらしなさが研究室の空気を一変させてしまった、と。 確かに、そうかもしれない。そうかも知れないが仕方なかったんだ。あの時は、一刻も早く父さんのもとに駆けつけたくて・・・ああ、悔しくて、いっそ研究なんて辞めてしまおうと思ったりする。だけど、ここで辞めたら、僕は本当に人生を捨てたことになるんじゃないか・・・』 どうしたというのだろう。 今まで一度だって、人間の考えていることを理解できたことはなく、言葉というものを知らなかったのに。 この男の言葉は、とてもよく理解できた。 この男の心情も、とてもよくわかった。
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