むらさき髪の人魚

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ジムから一人帰ると、家の中は暗かった。電気を点けても暗かった。 千明がいないからだ。彼女はその名の通り、千の明るさを集めたようなまぶしさを持っている。側にいると影にされてしまう。 美姫と千明は似ている。姿形、顔も雰囲気も声ですら。 それが、元凶だった。、でも非なる物。つまり、似ているからこそ優劣がハッキリついて、「残念な方」が姉の美姫だった。 「ごめん。妹さんを好きになっちゃった」 初めてできた彼氏がそう言って千明になびいてから、美姫は思い知った。以降、同じことが何回かあった。 それまでも感じないではなかった。誰もが千明ちゃん、千明ちゃん。一番に人の目に入るのは千明。華があって元気ではきはきニコニコ、愛嬌があってみんな千明と話したがる。 友だちも親戚もご近所だって、千明の誕生日や卒業や入学時期は覚えていた。美姫はすっ飛ばされることが多いのに。だから決まり悪げに千明と同時にお祝いを贈られたりするのだった。 ずっと千明の影に入っている美姫は、何でこんな名前をつけたんだ、と親を恨みっぱなしだった。美しい姫、だなんて皮肉もいいとこ。 せめて千明の方が姉で年上だったのなら、まだ救いがあったんじゃないだろうか。 それでも何とか自分の長所を見つけよう。そう努力したこともあった。でも、猛勉強しても試験当日に腹を壊す美姫と違ってヤマが当たる千明。徒競走で隣の子が転んで巻き込まれる美姫と、ぶっちぎりで駆け抜ける千明。絶対音感の美しい声が合唱でも目立つ千明と、音感が揺れて音程が取れない美姫。 似ているからこそ小さな違いが命取り。そのひがみからか、美姫は毒のあることばかり言うようになった。ますます「明るくて可愛い千明ちゃん」と「そうでない美姫ちゃん」の隙間は広がっていった。 正直言えば、美姫から見ても千明は可愛い。しゃべっても遊んでも楽しいし悪い気はしない。ただ一緒にいると、どうしても引け目を感じて自分が嫌いになる。 だから離れたのに、フットワーク軽く動けるのが千明だった。車を持ってもいないのに年中やってくる。ちゃっかり美姫に料理させて持ち帰るのも愛嬌だ。そのたび掃除や畑の手入れなんかを義理堅くこなしていくようなところも憎めない。 全く。ほっときなよ、こんな根性も性格もねじ曲がった姉なんか。 比べるやつらが間違っている、気にするな。 それが正論だとわかってはいる。でも、何度も何十回も何年も繰り返されればそうもいかなくなる。 一人でいるとホッとする。そして水の中なら一人になれると気づいた。千明への賞賛の声も美姫への可哀想目線も届かない。 だから、泳ぐことを人生の第一に考えた。それが中心になる生活をしたいと思った。 そうして美姫はここにいる。
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