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月に親近感がわく。美姫がそう思うのは、太陽のような妹と比べられ続けたせいだろう。
人目につかない月夜に出かけ、湖で泳ぐ。もちろん、深さや冷たさなど、季節ごと事前に安全性を確認した上でのことだ。
そうやって心穏やかな日々を送っていた上弦の月の夜だった。
湖から上がるとバッタリ出遭った。旅人風の男性に。
「に、人魚?」
彼は薄い月明かりに現れた美姫を都合好く解釈したようだった。不気味というか不可思議を連想させる外見なのだ。
髪は昔から染めてもいないのに赤みがかっている。それで学校の教師に喧嘩を売られたこと十数回。それが月光の青と相まって、むらさきに見えたらしい。
そして瞳もまた……美姫の劣等感の一つ。左右で色が違う。左が青く、右が茶色。いわゆるヘテロクロミアというやつである。
そのための染髪やカラコンという重装備を解いて楽になった今。
人魚……そう思われたなら、これ以上水から上がらない方がいいだろうか。わざわざ認識違いを教えてやる必要もないだろうし。
美姫は鱗模様に見えなくもない水着姿だった。その上半身だけさらした格好で迷った。直後、彼は美姫に向かって叫んだ。
「こっ、このまま僕は夢を追い続けて叶うでしょうか。それとも今スパッと諦めて地道な仕事に就くべきでしょうか?」
うん、完璧に勘違いしている。『あなたの落としたのは金の斧ですか銀の斧ですか』みたいな女神めいたものと。
美姫はただの世捨て人的な引き込もりだ。そんなこと聞かれてどうとか答える資格も才も責任もない。美姫は旅人から目をそらし、遠景の山へ視線を飛ばした。「知りません、そんなこと」との意思表示だった。
が――
彼が選んだ道で成功したのは、今や誰もが知るところである。
年末の勝ち抜きお笑い番組で大賞を取った、遅咲きの芸人。そして爆発的に増えた露出で彼は毎度口にした。
「人魚が道を示してくれた」と。
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