むらさき髪の人魚

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それからというもの。 いつもの湖には、人が集まるようになった。 人が多いのは苦手だ。他人はみんな「美姫は千明のコピー不良」みたいな目で見てくる気がしてしかたない。美姫は河岸を変えることにした。 住処からは湖が一番近いが、川も海も車ならそう遠くなく、街までいけばジムのプールもある。とりあえず、川で泳ぐことにした。 それが数回続いた十三夜の晩、セーラー服の女の子と出くわした。 といってもかなり距離があった。目と目は合ったが、美姫がどんな顔でどういう背格好かもわかりはしないだろう。濡れているとよけいに。 美姫はもう一度身体を沈め、そのまま去ろうとした。が、女子高生の声は意外とよく通り、美姫の耳にハッキリ届いた。 「おまじない通じた! 月の映った水に願うとむらさきの女神と会えるって。あたしの恋、叶うかな。どうか教えてください!」 ――ったって。 でもそうね、そういうことが大事な、そんな年頃よね。美姫は彼女の声の真剣さから、無下に無視できなくなった。 でもその子のそんな大ざっぱな言い方じゃ何とも状況がわからないし、詳しく話を聞くなんて義理もない。 で。 「恋なんて無駄なことより勉強なさい」 と突き放した。これで二度と相談に来ようなどと思わないだろう。そうして向こう岸に泳ぎ逃げた。 ところが、小望月の夜になると、その川縁にも人が増えていた。 「クズ男に騙されずに見事に振ったんだって」 「本当にいるのね、『むらさき髪の人魚』」 「願いを叶えてくれる女神なのね」 うわあ。何勝手なことを。冗談じゃない。 美姫はその川辺も後にした。そしてまた河岸を変え、上流の滝つぼへと場所を移した。 が、その滝つぼでもやがて人と遭遇。拝んでくる輩が日に日に増えていって。 「志望校に受かりますように!」 「楽して成功したい!」 「宝くじに当たりますように!」 美姫はここも逃げるはめになった。捨てゼリフを残して。 「力があるなら受かるでしょ」 「そんな成功、つまらなさそう」 「必ず300円は当たるでしょ」 と。 そうして美姫はスイスイと去った。泳ぐのだけは速いのだから。その場所ももう行けなくなった。 川がダメなら海だ。夜の海。寝待ち月が映る水面。行ったり来たりの小さなさざ波。 「美人になりたい」 「モテますように」 「横浜流星の顔になりたい」 それでもどうやって嗅ぎつけてくるのか、誰かに出遭う。そうしてそんな無理難題を突きつけてくる。だんだん腹も立ってきて、悪意を持って答えを返す。 「美人だからって人生うまくいくと思うなよ」 「モテ基準が変わるのは800年後でしょう」 「横浜流星? 誰それ」 いつのまにか、美姫は毒舌を返して相手が不満そうな残念そうな悲しそうな顔になるのが快感になっていた――
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