エピローグ

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 エレベーターが最上階ーー屋上にたどり着いた。  一歩足を踏み出すと、そこには幻想的な景色が広がっていた。  真ん中には季節ごとに顔を変えるシンボルツリー。今は、光り輝くクリスマスのオーナメントで彩られている。そしてそのツリーを中心に、放射線状にイルミネーションが配置され、屋上全体を彩っていた。シンプルな淡い白い光だけれど、それが暗闇に映えて美しい。  そして何より、エレベーターの静寂が嘘のように、大人も子どもも、思い思いにその場所を楽しんでいた。ツリーの前で写真を撮ったり、夜景を眺めたり。笑顔が溢れる人々の光景に、胸が熱くなった。 「すごい、盛況ですね」 「うん。悔しいけどここ、帆足の担当なんだよね」 「そうなんですか、さすが!」  そう声を上げれば、ぎゅっと手を握る力が強くなる。見上げた海斗さんは、少し頬を膨らませているようだ。 「だからやだ」 「え? やだとは……」 「別にいいんだけど。複雑ってことだよ」  海斗さんはぐいと手を引っ張って、そのまま人気の少ないフェンス近くまで歩いていく。 「あ、あのビルって……」  ちょうど正面に見える、背の高いビルを指差せば、海斗さんはこくりと頷いた。 「そう、去年はあっちにいたよね」 「ふふ。初めて海斗さんと手繋いだところですね」 「正確に言えば、俺が勝手に繋いだところだけどね」  そう言って、少しだけバツの悪そうな顔をしていた海斗さんは、見ていたビルから視線を外して、わたしの真正面に向き直った。つられてわたしも、真っ直ぐに海斗さんと向き合う。  繋がれていた手が離れていったかと思うと、コートのポケットから何かを取り出している。それは深いネイビーのビロードに包まれた小箱でーー。  海斗さんはそれを開けると、こほんと一つ咳払いをした。 「紗央里、俺と結婚してください」  どきりと胸が鳴った。驚きで、指先がいっそう冷たくなる。  けれどその後にじんわりと滲んできたのは、喜びだった。 「紗央里が、まだ色々不安なのはわかってるつもりなんだけど、ごめん。やっぱり俺がもう我慢できなくて……」  必死に言い募る海斗さんが愛しくて、だんだん視界が滲んでくる。  それに気づいてまた慌てて「やっぱり無理しなくていいよ」と言ってくれる海斗さんが優しくて。 「……はい、よろしくお願いします」  こみ上げる涙と嬉しさに口を抑えながらそう言うと、海斗さんが「え?」と戸惑った声をあげてから、ふーっと長く息を吐いた。 「……よかった」  海斗さんが思わず溢した言葉は、心からの実感がこもっているように聞こえて、ああ幸せだな、と思った。
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