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プロローグ
それは、結婚式を三ヶ月後に控えたある日に起きた。
両家の顔合わせに加え、今時やらないカップルも多いと聞いていたけれど、慣習はきちんと済ませよう、という彼のひと言で結納も終えて、結婚式の招待状を投函した直後のことだった。
彼ーー浜田誠治の家の近所にあって、よく通ったカフェは、日当たりもよくてわたしたち二人にとってお気に入りの店だった。家ではなく、直接店で待ち合わせ、と言われたときに少し疑問は浮かんだけれど。何も考えずに店に着いて、大きな窓際の席に座って待っていたわたしの前に現れた誠治の顔は固くーー、表情を失っているようだった。
席につくなり、いつも頼むエスプレッソを注文する前に、「ごめん」と彼は頭を下げた。何を謝っているのかわからない。けれど嫌な予感は確実にわたしを襲っていて、指先が、まるで血液を送る機能を剥奪されたかのように冷たくなっていくのを感じた。
なにが、と聞く前に誠治はいった。
「どうしても好きなひとを諦められない。だから婚約を破棄してほしい」と。
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