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取引先の専務を見送って執務室を覗くと、わたしの担当である真瀬副社長はデスクで険しい顔をしてパソコンに向かっていた。明日の会議の資料を読んでいるんだろう。いつまで経っても進捗の思わしくない、郊外の開発事業に関する会議はいつも荒れる。
この真瀬不動産に転職して二年。前の職場を勢いで辞めたわたしが、大手デベロッパーの副社長秘書という狭き門に就職できたのは、幸運としか言いようがない。
おそらく、わたしの不幸を神様が憐れんでくれたのだろう。ちょうど海外に出向していた御曹司である真瀬海斗が副社長として戻ってくるタイミングで、現社長は今まで手薄だった開発事業に力を入れることにしたという。その管理部門を任された御曹司は、スタッフを自ら指名していった。その中でちょうど秘書だけが見当たらず、偶然そのタイミングで中途採用面接に現れたわたしに、白羽の矢が立ったというわけだ。前職はここまで大きな会社ではなかったけれど、その分営業アシスタントとして鍛えられたのが良かったらしい。
外国帰りで効率を重視する副社長は、執務室の中に秘書用の勤務スペースを作ってしまったので驚いたものだ。出社日に秘書室に顔を出したら、「貴方はここ」と、直々に副社長室内の一角に案内された。デスクが置かれた四畳半ほどの空間は、簡易パーテーションで囲われて、鍵付きの扉までついていた。なんでもいちいち秘書室まで呼びにいくのが面倒らしい。
最初はなんてわがままな、と思ったけれど、一日様子を見ていて納得せざるを得なかった。
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