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副社長は当時33歳になったばかり。すらりとした長身にまるで人気俳優を彷彿とさせるような整った顔立ちをしていた。理知的な印象を与える瞳に、すっと通った鼻、厚すぎず薄すぎない唇。美しいひとつひとつのパーツが、完璧な場所に配置されている。
よって副社長が秘書室に現れるたび、女性社員からの視線が集まり、ひどいときには次々と話しかけられてしまう。これだけ一流企業だったら秘書の品質に気をつけろと言いたいところだが、秘書室長によると、ふだんの彼女たちは真っ当に仕事をしているらしい。その女性社員たちを狂わせる魅力が、副社長にはあるのだそうだ。
ひと段落したところで、給湯室にコーヒーを淹れにいくことにした。廊下に出るためには、副社長室を出て、いったん秘書室のなかを通らなければならない。副社長のデスク側には直接廊下に出られる扉があるけれど、そちらを通るのはさすがに気が引けるので、わたしはいつも横についている小さな扉を使用している。いつでも副社長の様子が伺えるよう、簡易パーテーションの扉は開けっぱなしにしているので、さっと小さな扉から出る。さすがに扉の開閉音が響いてしまうので、わたしが執務室を出た途端、視線が集まって、副社長じゃないことがわかると一斉にそれらが霧散していった。
集中したいときはブラック、落ち着かせたいときはミルクと砂糖。副社長はコーヒーフレッシュがお好きではないから、牛乳を常備するようにしている。決して褒められる理由で秘書を目指したわけではないけど、求められるものを先回りして準備する仕事はやりがいがあり、自分に合っていると思えるようになってきた。
そろそろ牛乳の賞味期限が迫ってきていたので、自分にはミルク多めのカフェオレを入れて、執務室に戻る。
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