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「あぶなかった••••••」
「はい、お疲れ様。ちゃんと持てている?」
「まぁ、取り敢えずは俺一人で大丈夫ですよ」
「そう。彼女の残りの接客は、別の私がやってくれているからね」
俺の立つ場所は先程まで彼女が立っていた場所である。足元には彼女だったモノの灰がサラサラと小さく音を立てながら、店の中で崩れていた。
先程、雪奏さんが俺に『しっかり受け止めてね』と言ったのは、"お客様が灰化するから商品を壊さないようにね"の意味だ。厳密に言えば灰化するというより、成仏なのだが。
「さて。ヴァイオリンを綺麗にして、戸締りして、晩ご飯にしようか」
雪奏さんはせっせと自分のチェロを片付け始める。俺もヴァイオリンから灰を落とし、クリーナーで曇りがなくなるまで磨く。その間に雪奏さんは灰を外に捨てに行く。すると『あっ』と短く声が聞こえた。
「どうしました?」
「見て見て想太。雪降ってきたよ」
「雪!?」
俺はヴァイオリンを定位置に置いて、上着を着ずに外に出た。路面には少しだけ積もっており、誰の足跡も付いていない真新しい雪だ。触りたくてそっと雪を手に取る。それも指の間••••••いや、手の全てからドサッと落としてしまう。
雪奏さんを視線で辿っても、俺の足跡は一つもない。
どうして働き口が見付からなかったのかも、どうしてよく物を落とすのかも、どうして食事をしなくて済んだのかも、どうして誰からも見て貰えなかったのかも。
どうして、俺の身体が十二歳から成長していないのかも。
雪奏さんに出会ってから少しずつ分かってきた。
「想太、風邪引くよ。戻っておいで」
「風邪なんて引かないです。だって俺――」
「戻っておいで」
「••••••はい」
大人しく彼の元に戻ると頭を撫でてくれる。精神年齢はもう二十代のはずだが、見た目が子どものままなので仕方ないのかもしれない。可愛いと言われるのは••••••割愛する。
店の戸締りを終わらせ、住居スペースに移動する。
「今日の晩ご飯はお鍋にしようかな。想太はお鍋好きだもんね」
「よく知っていますね」
「知っているよ。そりゃあね」
こうやって何でも知られていると。
何だか、雪奏さんは本当に義兄みたいだな――。
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