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「雪奏さんっていじめられるのが好きとか、そういう感じのことが全面的に好きな人なんですか?」
「んー。何処からその発想になったのかは分からないけど••••••。私は可愛い子が好きだよ。頭を撫でたくなるような子も好きだし、思わず抱き締めたくなる子も好き」
これまた綺麗な笑顔でそう言われてしまう。この人間の青年は笑顔が綺麗なだけでなく、見た目からして人間を超えているように思えてしまうくらいに美人だ。栗色の柔らかそうな髪を黒いリボンで一つに纏め右肩に流し、色白な肌には仄かに血色が宿り、甘い顔立ちでありながらも目には哀愁を滲ませている。容姿だけ見れば二十代半ばだが、頭の中身はそれ以上。この世を達観しているように見える。
そんなことは置いておいて話を戻そう。
「俺は可愛くないですけど。何で俺に小言言われると嬉しそうにするんですか?」
「嬉しそうにしているのかい?私が?」
「はい。いつも嬉しそうに笑っています」
「そう。でも笑っているからと言って、その当人が嬉しいと思っているとは限らないんじゃないかな」
雪奏さんはチェロの弓を磨く手を止めて、艶やかな光沢を放つそこに自分の姿を映す。彼は客が店に来た時以外は楽器を弾かないと言っていた。毎日手入れを欠かさずしているのに役目を果たしていないのは、それはそれで大切にされていても何だか勿体ないような気もする。
カウンターからでは雪奏さんの顔は見えにくい。立ち上がってもいいが何もない場所で躓くことも多々あり、あまり積極的に動きたいとは思えなくなっていた。仕事だったり、物を取ってくれと頼まれた時は別だけれど。
「想太は、人間の感情に機敏な方だと思う?」
「鈍感だと思います」
「私もそう思うよ。自分の感情に鈍感極まりなくても、自分と向き合えるのは想太の良いところだと思うな。――だけどまぁ、あまり思ったことを正直に言いすぎてはいけないよ」
何だか失礼なものまで付け足された気もするが、雪奏さんはまた手入れに集中し始めたので何も言わないことにする。
(本当に、誰かここに来るのか••••••?)
ドアベルが音を立てたのは、それから三十分もしないうちだった。
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