楽器店・想奏

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「まだ、やっているかしら」 何の音も立てずに入店してきたのは、最近ではあまり見ない和装姿の女性だった。年の頃は雪奏さんとそう変わらないだろう。二十代中盤ほど。 淑やかな赤い椿の花が点々と咲く淡い色の着物を纏い、髪にも小さな椿の花が挿さっている。簪ではない、恐らく生花だ。艶のある黒髪は結わずに流れており、それが却って不思議な危うさを引き立たせていた。 かなり目鼻立ちも整っている彼女。雪奏さんは手入れを中断し、彼女に歩み寄ると早々と接客モードに入っていた。雪奏さんの接客モードは俺も好きだが、彼自体が発光体なのかと言いたくなるほどに神々しい。 「お待ちしておりました。この店のチラシを拾われましたよね?念の為、確認をさせて頂きたいのですが」 彼女は袷から丁寧に折り畳まれた紙を取り出すと、雪奏さんにそれを手渡した。チラシを作ったのは雪奏さんではなく俺だ。チラシの意味は別にあるが本当に人が来ない為、何かしらの導きになるのではと話し合った結果である。 しかしチラシを発見して店に訪れた例は、この日の彼女を含めて、ほんの十例だけ。それ以外の例は店に来ても、何故か俺を無視してくる人ばかり。雪奏さんの接客には答えるのに、俺がどんなに声掛けをしても黙っている。 でもこうしてチラシを手にしてやってくる人達は、俺のことを認知した。今日の彼女も例外ではない。彼女は俺に向かって品よく微笑む。 「このチラシは手作りなのね。随分と日に焼けて古びてしまっているけど、字は綺麗で読みやすいし、絵も可愛く描かれていて素敵よ」 「••••••ありがとうございます」 この店はかなり特殊だ。表向きはただの楽器屋だが、本来の営業目的は別。本来の営業を積極的に行えるように外にバラ撒いて、と言われて俺はチラシを大量に作った。そうしてバラ撒いたチラシをこの世の何処かで見付けてくる人は、。 この店で取り扱われている楽器は特別な仕様になっていて、音を奏でるだけで会いたい人に会うことが出来るのだという。立地上、奇跡を起こせる店になったのだと雪奏さんに言われた。
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