楽器店・想奏

3/5
前へ
/14ページ
次へ
和装の彼女は、物珍しそうにしながらガラスケースに陳列された楽器を見て回る。従者のように彼女に着いて歩く雪奏さんは、熱心に彼女の顔色を窺っているようだった。 「気になるものはございますか?」 「そうね••••••。楽器はお筝を嗜んでいたのですけど、ここには置いていないみたいね」 「お筝はないですね。仕入れの方を検討してみます。お筝の有無についての問い合わせは、結構あるんですよ。週に五、六回は聞かれます」 (お筝あるかなんて聞かれたの、今日が初でしょ) 雪奏さんはお客様に平然と嘘を吐く。悪意のある嘘は言わないが、お客様が期待を持ってしまいそうな内容をサラリと言ってしまう。彼はお筝を仕入れるつもりはないだろうし、ここは西洋製の楽器しか並んでいない。 「お筝は良いわよ。穏やかな気持ちになれるもの。ねぇ、そこのあなた。何かおすすめの楽器はないかしら?」 「俺ですか••••••?」 俺は楽器のことなんて特に詳しくもないし、習っていたこともない。物心ついた頃に母が再婚したことで裕福な家の子になったものの、俺には大した物欲がなかった。母の再婚相手には俺より一回り以上年上の少年がいて、その子はずっとチェロを習っていた。こうして思い返してみると、義兄は雪奏さんみたいな人だなと思う。 俺は眺めているだけだったけれど、義兄にあたるその少年は俺にもやらせたがっていた。だが俺は背丈も手も小さかったので、弦を押さえるだけで苦労していた。結局触るだけで終わったが、思い入れがある楽器と言えばチェロだ。 (でもチェロには雪奏さんが触るなって言うから) 雪奏さんの私物兼商売道具であるチェロ。雪奏さんは誰であろうとそれに触らせることはない。勿論俺にも。本人曰く、触ると大変なことになるという。 だからチェロは自然と却下になり、俺はガラスケースを指さして似た形状のものを選んだ。 「ヴァイオリンとか••••••。音がとても綺麗ですよ」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加