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和装の彼女は、物珍しそうにしながらガラスケースに陳列された楽器を見て回る。従者のように彼女に着いて歩く雪奏さんは、熱心に彼女の顔色を窺っているようだった。
「気になるものはございますか?」
「そうね••••••。楽器はお筝を嗜んでいたのですけど、ここには置いていないみたいね」
「お筝はないですね。仕入れの方を検討してみます。お筝の有無についての問い合わせは、結構あるんですよ。週に五、六回は聞かれます」
(お筝あるかなんて聞かれたの、今日が初でしょ)
雪奏さんはお客様に平然と嘘を吐く。悪意のある嘘は言わないが、お客様が期待を持ってしまいそうな内容をサラリと言ってしまう。彼はお筝を仕入れるつもりはないだろうし、ここは西洋製の楽器しか並んでいない。
「お筝は良いわよ。穏やかな気持ちになれるもの。ねぇ、そこのあなた。何かおすすめの楽器はないかしら?」
「俺ですか••••••?」
俺は楽器のことなんて特に詳しくもないし、習っていたこともない。物心ついた頃に母が再婚したことで裕福な家の子になったものの、俺には大した物欲がなかった。母の再婚相手には俺より一回り以上年上の少年がいて、その子はずっとチェロを習っていた。こうして思い返してみると、義兄は雪奏さんみたいな人だなと思う。
俺は眺めているだけだったけれど、義兄にあたるその少年は俺にもやらせたがっていた。だが俺は背丈も手も小さかったので、弦を押さえるだけで苦労していた。結局触るだけで終わったが、思い入れがある楽器と言えばチェロだ。
(でもチェロには雪奏さんが触るなって言うから)
雪奏さんの私物兼商売道具であるチェロ。雪奏さんは誰であろうとそれに触らせることはない。勿論俺にも。本人曰く、触ると大変なことになるという。
だからチェロは自然と却下になり、俺はガラスケースを指さして似た形状のものを選んだ。
「ヴァイオリンとか••••••。音がとても綺麗ですよ」
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