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「まぁ。確かにバイヲレンも素敵よね。家が音楽学校の近くにあったものだから、よく発表会に聞きに行ったわ」
「バ、バイヲレン?ヴァイオリンじゃ••••••」
「それではバイヲレンに致しましょうか?」
「えぇ、お願いするわ」
俺はヴァイオリンと言ったはずなのだが、聞き間違われてしまったか。ついでに雪奏さんも同じ呼び方をしたし、俺は声にも何かしらの障害を抱えているのかもしれない。
雪奏さんはポケットから鍵束を取り出すと、ヴァイオリンが入ったケースの鍵を開けて商品を取り出した。埃も曇りもなく透き通った鼈甲色に、黒の意匠。雪奏さんはそれを丁寧に彼女に持たせる。
「当店の楽器は少々特別でして、経験がなくても簡単に使い熟すことが可能になっております。私がそちらのチェロで誘導しますので、続けてお好きなように弾いてください」
(••••••これで、本当にいいのか分からない)
お客様が会いたい人に会えるのは、とても良いことだと思っている。でも――チェロを奏で、要望に応えるのは雪奏さんである。容易く嘘を吐く人である。それがたとえささやかなものであっても、嘘は嘘。
だから俺はこの人が分からないし、この環境も本当にいいのかどうか分からない。
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