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韮崎にて
どんどん過ぎ去る都市の風景を横目に、私は新幹線で駅弁を食べていた。食べてはいるのだが、なんの駅弁を買ったのか記憶は曖昧だし、味もあまり感じられない。
これから待ち受ける壮絶なサバイバルレースに、私は緊張していたからだ。
「はああ? 全長78km? そんなのどこにも書いてなかったじゃない」
参加案内を受け取り、私は急いでホームページを再確認した。だが、書いてあった。はっきりくっきりと、割と上の方に。応募したのは母が亡くなってまだ数ヶ月というタイミングだったから、ぼんやりしていて見逃したのかもしれない。
味のしない駅弁を頬張りながら、その時の衝撃を思い出し、ため息が出た。
––––まあ、ここまできたらやるしかないか。
運動はどちらかというと不得手で、体力もない。散歩は好きだが、せいぜい歩いても一時間くらいのものだ。とてもではないが踏破できる気がしない。ただ、すでに払ってしまった参加費をドブに捨てるような真似はしたくはなかった。
諦めの境地に達しつつ、荷物をまとめる。まもなく韮崎駅だ。
韮崎の駅前は、なんというかだだっ広かった。
近代的で綺麗な駅なのだが、東京と違って建物が敷き詰まっていない。土地の使い方が全然違うんだな、と思いながら、駅前の広大なロータリーを横目に、スタート地点の小学校の体育館へ向かう。
体育館に到着し、受付を済ませる。そこにいたのは小学生からご老人まで、バラエティに富んだ参加者の顔ぶれだった。皆一様に、受付で配られた蛍光イエローのキャップをかぶっている。
––––なんかほんと、市民イベントって感じ。それにしては凄まじい人数だけど。1200人とか言ってたっけ)
会場の端っこに陣取ると、ふと、若い男性と目が合う。格好は他の参加者と同じくジャージではあったが、ちょっと目を引く感じの整った顔立ちをしていた。気まずくなってとりあえず会釈をしてみれば、向こうも会釈で返してくる。
––––ひとりで参加する人も、結構いるのかな。
私は愛想笑いを返して、すぐに壇上の市長の話に耳を傾けるふりをした。他人とスマートに雑談を展開する技術は持っていない。これ以上、関わり合いにはなりたくなかった。
会場を見渡すと、親子連れが多くいるのに気づく。
––––ああ、私にもあんなふうに、親に守ってもらった時代があったのにな。
子どもと呼ばれる時分から、10年は経った。なんだか急に、胸が締め付けられるような気持ちになった。
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