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今日のように寒い日の、学校の帰り道の出来事です。
川沿いの土手道を歩いていた弘恵ちゃんは、犬の鳴き声を耳にしました。
でも姿は見えません。
「あれ……?」
立ち止まってキョロキョロと見回しても、やはり犬そのものは見えません。
そもそも小さな鳴き声でした。弱々しいと言ってもいいくらいの吠え方です。
「空耳かな?」
気のせいということにして、再び歩き出そうとしたタイミングで、
「ワン!」
また聞こえてきました。しかも、先ほどよりもハッキリと。
おかげで、声の方角もわかりました。
どうやら橋の下からのようです。
「こんなところに、ワンちゃんいるの?」
いつもは行かない河原へ、駆け降りていきます。そして橋の下へ回り込むと……。
「幸人くん! 何やってるの、こんなところで?」
「お前こそ何しにきた、弘恵ちゃん」
同じクラスの男の子です。幼稚園から一緒であり、いわゆる幼馴染の関係です。
小さい頃からの習慣で、つい名字ではなく「幸人くん」「弘恵ちゃん」と呼び合ってしまうので、時々「お前ら、付き合ってるの?」とからかわれることもあります。
からかわれるのは嫌なのですが……。幸人くんと話しをするのは楽しいですし、「弘恵ちゃん」と呼ばれると、それだけで何故だか心が温かくなります。
だからこの時も、彼の顔を見て、まず「嬉しい」と思ってしまいました。
それでも冷静に、幸人くんの質問に答えます。
「犬の鳴き声が聞こえたから……」
「ああ、お前もこいつに呼ばれたのか」
幸人くんは、横に一歩、体を動かしました。彼の背中に隠れていたものが、弘恵ちゃんの視界に入ります。
段ボールの小箱でした。
「まあ、かわいい!」
思わず叫ぶ弘恵ちゃん。段ボールの中には、茶色のコーギー犬が一匹、おすわりしていたのです。
「『かわいい』じゃないだろ。それを言うなら『かわいそう』だ」
幸人くんの言葉で、弘恵ちゃんはハッとしました。
こんな寒い日に、こんな場所で放置されているのですから……。
「そっか。この犬、捨てられちゃったのか」
「そういうこと」
二人は犬の境遇に想いを馳せて、しんみりとしてしまいました。
そんな空気が嫌で、弘恵ちゃんは前向きな言葉を口にします。
「それで、どうするの? 幸人くん、この犬、飼うつもり?」
「そうしたいのは山々だが……」
「ああ、そっか。ごめんね、幸人くん」
弘恵ちゃんは、思い出しました。
幸人くんのお母さんは、動物アレルギー。だから幸人くんが「ペットを飼いたい」と頼む度に、却下されてきたのです。
「うん。何とかしてやりたいんだが……」
「ワン!」
事情を知らないコーギー犬は、嬉しそうに吠えました。幸人くんと弘恵ちゃんに構ってもらえている、という気分なのでしょう。
「じゃあ、幸人くん。私が飼うよ!」
「えっ……。お前んち、ペットなんていなかったよな? 大丈夫なのか?」
「いないからこそ、よ。犬と喧嘩するようなペットはいないし、お父さんもお母さんもアレルギーなんてないし……」
「でも、大丈夫か? お前んところのおばさんとおじさん、こういうのには厳しそうだぞ?」
「大丈夫、任せて!」
自分でも少し「安請け合いかな?」と思いながら、弘恵ちゃんは、そう宣言するのでした。
結局。
説得には苦労しましたが、最後は、お父さんとお母さんが折れてくれました。
こうして。
橋の下に捨てられていたコーギー犬は、幸せなことに、良い飼い主に巡り会えたのでした。
なお、弘恵ちゃんは「雪の日に拾ったから」という理由で『ユッキー』と命名しました。本当は幸人くんの名前にも因んでいるのですが、それは恥ずかしいから内緒です。
特に幸人くんは、あれ以来、弘恵ちゃんの家に頻繁に遊びに来るようになりました。まるで、小さかった頃みたいです。
「俺も一緒に拾ったようなもんだからな。俺にも、犬を世話する義務がある」
「嘘おっしゃい。義務じゃなくて、幸人くん自身が犬好きだからでしょ? 自分の家で飼えないから、私のところで飼ってるような気分なんじゃないの?」
「まあ、それもある」
幸人くんは、照れたように笑うのでした。
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