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「まじか」
そんな心の声が自然と漏れ出る。金平糖の入った小瓶を片手に、次の動作に悩む俺。ひとまず注意深く辺りを見回した。当たり前かもしれないが、客も店員も、誰ひとりとして俺のことを注視している者はいない。俺はまた小瓶を見つめ、ゆっくりと頷く。
やるなら今だ。
コルク栓を抜き、金平糖を手早く口の中に放り込んだ。授業中にこっそり早弁している気分。やったことないけど。
転がすと、ほんのりとした甘味が口いっぱいに広がる。金平糖って最後に食べたのはいつだろうか……何の変哲もない砂糖の塊のはずなのに、懐かしい味がする。念のため周りを見渡したが、金平糖を口に含んでいることに誰も気付いてない様子だ。
なんとなく手持ち無沙汰になった俺は、奈津美が先ほどまで見ていたメニューを手に取り、パラパラとページをめくってみた。奈津美はオムライスを食べていたが、肝心の俺は告白の言葉を考えるのに必死で、実のところまだ何も注文できていない。さすがに何か頼まなければ。
ふと対面の席に人が座る気配がした。電話を終えた奈津美が戻ってきたのだろう。俺は特にそちらを見ることもなく、ずっとメニューを眺めていた。
「ハンバーグ定食にしよっかな……腹減ったし……」
「ご注文お決まりでしょうか?」
恥ずかしいことに、独り言が聞こえていたらしい。気を利かせたお姉さんの店員がこちらに近付いてきた。俺はメニューを指差し、その長い料理名を読み上げようとした。
「えっと……漆黒の特製デミグラスソース……」
「メロンソーダをひとつ」
その声に心臓が止まりそうになる。慌てて自分の真正面を確認すると、そこにいたのは奈津美ではなく、さくらだった。
「なんで……」
驚く俺をよそに、彼女は涼しい顔をしていた。
「こんなにデカデカとメロンソーダ宣伝してたら飲みたくなるだろ?」
彼女は、窓ガラスに貼ってあるポスターを見つめた。緑色の炭酸に白いソフトクリーム、それに真っ赤なさくらんぼが乗った、大きなメロンソーダの写真。たしかに美味しそうだ。しかし、俺の聞きたい『なんで』はそこではない。
「そうじゃなくて……」
「あの、お客様?」
視線を感じて顔を上げると、不思議そうにこちらを見つめる店員と目が合った。
「ご注文は……?」
俺は戸惑いながらさくらを見た。彼女はメロンソーダのポスターに視線を送り続けている。それからふたたび横を向けば、相変わらず困った表情の店員。
やっぱり見えてないのだと感じた。
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