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「あのときのことなんだけど……」
「やだ」
自分でもびっくりするくらい自然と口が動いたが、それをすかさず彼女が制する。見れば、柔らかく微笑むさくらと目が合った。
「そんな悲しい面を見るために呼ばれた覚えはない」
その笑顔がやけに胸を刺すのはなぜだろう。
そっちこそ。うん、そっちこそだ。
そんな笑顔を俺に見せないでくれよ。
「お待たせしました。メロンソーダになります」
今度は口が動く前にメロンソーダに制される。店員は決して悪くないが、いまのタイミングは正直辞めてほしかった。だからなのか、立ち去る店員の後ろ姿を睨まずには居られない。
目の前に出されたメロンソーダは、グラスの底からぷくぷくと断続的に小さな泡を吐き出しながら、鮮やかな蛍光グリーンに輝いている。俺はグラスを前にスライドさせて、メロンソーダを彼女に差し出したが、その瞬間あることに気付く。
「飲めるの?」
そうだよ。幽霊ってすり抜けるじゃん。
でも、注文したということは飲むつもりなのか。
さくらはゆっくりと肘をテーブルについた後、両手を自分の頬に当てながら、メロンソーダを眺めた。
「飲めない」
俺に告げたのはそのひとことだけ。
さくらはそこから彫刻のように固まって、メロンソーダとお見合いしていた。
『なんで注文したのか』
そんな質問が最初に思い浮かんだが、懸命にメロンソーダを見つめている彼女を見ていると、それは愚問に思えた。
質問はなかなか浮かんでこない。
沈黙の時間が徐々に長くなっていく。
言葉が詰まったときの喫茶店って、なんでこうも難易度が高いのか。店内で流れているクラシックなBGMも、ちょっと暗めな間接照明も、みんなみんな敵に見える。
困って舌を転がすと、口の中の金平糖がだいぶ小さくなっていることに気付き、俺はまた小瓶から金平糖を取り出した。再び広がる砂糖の甘みを噛みしめつつも、視線は行き場をなくしてしまう。困った視線はテーブルの上に無造作に置かれたメニューに注がれ、なんとなく手が伸びる。
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