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時計の針は2時の少し手前を指している。
寝室で寝ている両親を起こさないようにそっと家を出た。
僕は夜の散歩が好きだ。
眠れない時や考え事をしたい時には夜の散歩は最適だと思う。
みんなが寝静まった真夜中に一人で歩いているとこの世界に僕だけしかいないようなそんな気分になれる。
秋の散歩は特に好きだ。
夏と冬に挟まれた曖昧な季節。
あんなに暑かった夏の影は跡形もなく、ひんやりとした空気が体を縮こませる。
「また一歩冬に近づいたな…」
思いっきり息を吸うと冬の空気よりは柔らかい、でも冷たい空気が胸いっぱいに広がって少し痛い。
「今日はどの道を行こうかな」
たまには行ったことのない道を歩いてみよう。
灯りが全くないこの道は不気味な雰囲気でいつもは避けてたけどたまには冒険も必要だ。
民家が並ぶ細道をしばらく行くと小さな湖がある開けた場所に出た。
「こんなところに湖なんてあったんだ」
湖のほとりに古びたベンチが2つ並んでポツンと置いてある。
寝転んでみると雲のせいで少しぼやけた満月が見えた。
虫の鳴き声が心地良くて思わず眠ってしまいそうになる。
「君、こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ」
「うわっ!!」
突然目の前に顔が現れた。
急いで起き上がるとそこには僕と一緒くらいの年の女の子が立っている。
「女の子の顔を見て“うわっ!”は失礼じゃない?」
「だって君が急に声を掛けてきたから」
髪が長く肌が異様に白く見えたから幽霊だと思った、とは言わないでおこう。
「まぁいいわ。それよりこんな時間に何をしてるの?」
「別に、ただ散歩してただけだよ」
「こんな夜中に一人で?」
「そうだよ。一人でする夜の散歩はなかなか楽しいものだからね」
「ふーん、あなた名前は?」
さっきから質問ばっかりだなこの子。
「君が声を掛けてきたんだから君から名乗りなよ」
「それもそうね。…私は魔女、名前はないんだけど”月”とでも名乗ろうかしら。信じるか信じないかはあなた次第だけど」
「魔女?」
小説や漫画の世界のような魔女の服も帽子も箒もない。
それでもこの子は魔女なんだと信じられるなにかを感じた。
真っ黒な髪と猫のように丸く少し吊り上がった目が黒猫のように見えるせいかもしれない。
「僕は残念ながら普通の人間なんだけど…“夜”とでも名乗ろうかな」
「あなた面白い人ね」
「ありがとう。君は不思議な人だね」
「魔女は不思議なものよ。人間には姿を見せずひっそりと生活するの、ミステリアスで素敵じゃない?」
「でも君は僕の前に姿を現した」
魔女は気まぐれなのよ、と言いながらベンチにひょいと飛び乗って空を指さした。
「私月が好きなの。特に三日月が」
つられて見上げると夜空には綺麗な三日月が浮かんでいた。
僕の見間違いじゃなければさっきは満月が浮かんでいたはず。
「もしかして君が三日月に変えたの?」
魔女は僕の問いには答えずただ月を眺めている。
「ねぇ、また明日気が向いたらここへ来てくれない?」
「うん。気が向いたらね」
僕は魔女に背を向けて歩き出した。
ふと後ろを振り向くと魔女の姿はなくただ冷たい風が木々を揺らしていた。
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