83人が本棚に入れています
本棚に追加
朱音はその事実を知らない。
故に二人は大切にされているように見えていただろう。
五十鈴が逃げようとしたら果たしてどうなるのだろうか。
風也が五十鈴の力を必要としている以上、殺されることはないだろうが、見えない何かに縛られたまま五十鈴は動けなかった。
(ここは異常だ……)
そう気付いたのは最近になってからだ。
もう普通がなんなのか、五十鈴にはわからない。
ただ時折、どうしても寂しくて苦しくてここから消えてしまいたいと思ってしまう。
(どうやって、蛇を呼べばいいの……? わからないよ。お母様)
硝子の破片を指で摘んで、お盆に乗せながら考え込んでいた。
もう涙も出てこない。
そんな時、ふわりと食器の破片が浮いて次々とお盆に積み上がっていく。
(この力は……)
五十鈴が顔を上げると、そこには天狗木の長男である風雅の姿があった。
一瞬だけ目が合ったが、眼鏡をカチャリと鳴らした風雅はそのまま無言で去っていく。
「あっ……」
五十鈴は立ち上がり御礼を言おうとするものの、背を見送ることしかできなかった。
破片が積み上がったお盆を持って、五十鈴は母屋の使用人の元へと向かった。
離れと母屋が繋がった廊下で用を告げる。
ここまでが五十鈴の踏み出せない小さな世界だ。
淡々と事情を説明してから頭を下げた。
風也の食器を再び取り寄せてもらうためだ。
最初のコメントを投稿しよう!