愛を掴むためには(玲奈)

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愛を掴むためには(玲奈)

 私は、愛する人の腕の中で涙を流す。この涙は、幸せの涙だ。長い長い時間をかけて、いとおしい人を手に入れた、喜びの涙だ。  弘也は、私と初めて会ったのは修羅場と言えるようなあの日だと思っているだろう。  でも、違う。私が初めて弘也に会ったのは、通勤途中の駅だ。  私は、その時、浮気性の彼氏について悩んでいた。しかも、毎回私は浮気相手の女性に、ののしられ、精神を傷つけられボロボロになる。 「不細工が亮に付きまとうな」 (浮気相手はあなたなのに) 「なんでそんな陰キャが亮の彼女ぶってるの」 (私が知りたい)  こんなに浮気をされているのに、何故別れないのかと思うだろう。別れられないのだ。  最初の頃は、私だって浮気相手とちゃんと戦っていた。私が恋人なのだと。  でも、その回数が増えるたびに、私は、彼との別れを意識始めた。でも、出来なかった。  まず浮気相手が私に向かってくる時、それは、彼が浮気相手に飽きた時だ。彼が相手にどう話しているかは知らないが、彼は別れを意識すると、浮気相手に地味な私の存在を明かし、浮気相手の自尊心を傷つける。そして、すべての怒りを私に向けさせる。  しかも、彼が私との別れを選ばない事で、ますます怒りを生む。そして、浮気相手の怒りを私が受けボロボロになる頃、その女性はやっと諦めるのだ。  私は、彼にとって女性の怒りを変わりに受けてくれるサンドバッグのようなものだったのだろう。だから、彼は私が別れを切り出しても別れてくれなかった。  そんな肉体も精神もボロボロの私は、朝、駅で体調を崩しよろけた。その時、助けてくれたのは弘也だった。 「大丈夫ですか?」 「すみません。ちょっと貧血気味で」 「それなら、これどうぞ」  彼は小さなチョコの包みをくれた。お礼を言おうとした時、電車がホームに滑り込んできた。 「すみません、俺どうしてもこの電車に乗らないといけなくて」 「もう大丈夫ですから。ありがとうございました」  彼は心配そうに乗り込んだ電車の中からこっちを見ていた。私は走り出す電車に向かって会釈をした。  後日、また駅で彼を見かけたが、なかなか声をかけられなかった。そして、やっと勇気を出して、お礼を言おうと思って彼に近づいたが、彼の隣には綺麗な女性がいた。 (あんなに素敵な人なんだもん。彼女はいるよね)  私は、踵を返して二人に背を向けた。  でも、毎朝同じ電車を利用している為、気がつけば私は彼を目で追っていた。  そして、私は考えてしまった。 『彼が欲しい』  いつも奪われてばかりだった私が、たった一度、人の物を欲しがったところで誰に咎められるだろう。その思いがどんどん膨んでいく。そして私は、とうとう手を伸ばしてしまった。    私が最初にやった事。それは、彼の彼女と仲良くなる事だった。  彼女はショップの店員だった。何度もそのお店に通うが、悩むふりをしながらなかなか購入しなかった。 「最近、よくお店に来てくれていますよね?何かお探しですか?」 「実は、自分に似合う服ってよく分からなくて。もし良かったら、お姉さんが選んでくれませんか?」 「はい、もちろんいいですよ」  そしてその日、私は、彼女に選んでもらった服を買った。  後日お店に行くと、選んでもらった服が好評だったからまた選んで欲しいと彼女に頼んだ。  そんな事を繰り返すうちに私達は仲良くなり、店員とお客様から友人になった。  友人になった私達は、いろんな相談をした。仕事の事ももちろんだが、彼氏についてもだ。 「美紀ちゃん、彼氏に愛されているじゃん。何が不満なの?」 「穏やかな愛もいいけど、もっと燃えるような愛にも憧れるの」 「燃えるような?」 「そう。でも、もう叶わないけどね」 「何で?」 「実は、私、プロポーズされたの」 「そうなの?おめでとう」 「ありがとう」  私は、彼女の手を握り祝福の言葉を告げた。  しかし、私の心は別の事を考えていた。 (急がないと…)  そこからの私の行動は、早かった。  美紀とのツーショットを待ち受けにし、亮にさりげなく見せた。やはり彼氏持ちという響きは、亮の興味を大きくひいたようだった。  そして、二人の出会いをさりげなくお膳立てすれば後は簡単だった。  最初は、亮からの誘いを断っていたようだが、百戦錬磨の亮の手に落ちないはずはなく、夢に見た燃えるような恋愛に美紀はすっかりはまっていた。しかも、友人の彼氏と言う背徳感も、より愛を盛り上がらせたようだった。  それでも、完璧に亮に気持ちが行かないところが亮の心を掴んだようで飽き性の亮にしては長く続いていた。 (そろそろだろう)  私は、亮の携帯からメッセージを送りつけた。明らかに美紀が彼氏と一緒にいる時間を見計らって送ったのだ。  やはり、美紀は甘い。隠しきれていなかったのだろう。彼に疑われ、そしてバレ、あの修羅場を迎えたのだ。  これで、彼が彼女と別れると確信した私は、嬉しくて顔がにやけるのを必死に隠した。喜びで手が震えるなんて初めての事だった。  最後まで被害者のふりをした私は、彼が彼女に別れを告げた瞬間、嬉しくてたまらなかった。  しかし、最後に見せた彼の苦しそうな顔だけが私の胸を痛みつけた。だから、彼の会社まで行き、謝罪しようとしたのは本当の気持ちだった。  好きな人を傷つけてまで、彼を手に入れようとした自分を本当に許せないと思ったのだ。嫌われていいと思いながらも最後まで本当の事は話せなかった。  彼にたまにお茶に付き合って欲しいと言われた時、私は耳を疑った。きっと、彼は私も同じ被害者だと思っているのだろう。罪悪感で胸が潰れそうだった。でも、その甘美な誘いを私は謝罪はしても最後まで断れなかった。  その後、彼が少しずつ私に好意を寄せてくれているのも分かっていた。そして、それを強く望んでしまう自分にも気がついていた。 「玲奈ちゃん、俺と付き合って欲しい」 「弘也くん…。でも、私は、…」 (優しいあなたにはきっとふさわしくない)  「あいつらの事は関係ないとは言わない。あいつらの事がなければ俺達は出会わなかったから」 「それなら、…」 「でも、それは、きっかけにしかすぎないよ。俺は、君と一緒に何度か過ごすたびに君惹かれてしまったんだ。好きになってしまった。ごめん」 「そんな、謝らないで」 (望んでいいの?)  私の目にはたくさんの涙が浮かんでいた。 「あなたが辛い思いしたのに…。ごめんなさい。それでも、私もあなたが好きです」 (本当にごめんなさい)  彼が、私を強く抱き締めた。  私のした事は、話せない。でも、信じて。心が壊れるほどに求めた人は、あなただけだから。今までも、そしてこれからもそんな人はあなた以外現れたりしない。
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