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「血が止まらないとか、骨が見えるとか
言って脅かすからどうなることかと心配し
たんですけど。腱も神経も傷ついてないと
言われてほっとしました」
隣に突っ立っている息子をちらりと覗き、
凪紗は息をつく。史也はと言えば「事実を
言っただけだし」とぼやき、バツが悪そう
に指で頬を搔いている。
「手は血流が良いから案外出血するんで
すよ。動脈性の出血の場合放置すると危険
ですし、早急に処置が出来て良かったです」
じゃあお大事に、と言って看護師さんが
戻ってゆく。その背中にまたぺこりと頭を
下げると、凪紗はお会計を済ませ、史也を
連れてアパートに帰った。
それから三日間ほど史也の部屋に滞在し、
凪紗は身の回りの世話をした。家に残して
来た『ぴぃ助』の世話は果歩に頼み、抱え
ている翻訳の仕事は担当者に連絡し納期を
調整してもらったのだ。
「へぇ、結構キレイにしてるじゃない」
引っ越しの手伝い以来、息子のアパート
に来ていなかった凪紗は、部屋に入るなり
キレイに片付いているさまを見て感心する。
実家にいる時は脱ぎ散らかしていた服も
ちゃんとクローゼットに仕舞われているし、
ゴミも分別してゴミ袋に纏められている。
心配していた食事の方は総菜やお弁当を
買ってくることが多いようだけど。近くに
安価なスーパーがあることを思えば下手に
作るよりも、食費を抑えつつ栄養を摂れる
かも知れない。
想像以上にしっかり独り暮らしをしてい
る息子を、凪紗は誇らしげに見つめた。
「ひとまず、着替えて寝ようか。お母さ
ん、もうクタクタだわ」
部屋の隅に荷物を置くと、凪紗はコート
を脱ごうとしている史也を手伝おうとする。
すると途端に史也は眉間にシワを寄せた。
「いいって。これくらい自分で出来るし」
「何言ってんの。看病する為に来たんだ
から、無理しないの」
麻酔が切れてきたのだろう。
ズキズキと痛みを訴える左手に顔を顰め
ながら、右手でボタンを外そうとしている。
凪紗はそれを手伝いコートを脱がせると、
息子を振り返り、茶目っ気のある顔をした。
「汗かいて気持ち悪いでしょう?熱っい
タオルで身体拭いてあげようか?」
「別に汗かいてないから、いい」
「なら、お母さんが顔洗ってあげようか。
片手じゃキレイに洗えないでしょう?」
「うわ、キモっ!上目遣いでそういうこ
と言うのやめてくれる?大抵のことは一人
で出来るって。あ、シャワー浴びる時、濡
れないよう傷を保護してくれるのは助かる」
「了解。じゃ、困ったら何でも言ってね」
くすくすと笑みを零しながら、照れくさ
そうにそっぽを向いた息子の横顔を見やる。
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