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本編
「さぁ、今日もいっちょやってみろ」
「はいな!」
山の麓へ向かう道の途中、蕎麦屋の裏側から景気の良い親子の声が聞こえる。
「もォし、おにぃさん、」
隠す気も悪びれもなく、やがてのれんの中から卵肌に艶髪の、美しい娘が一人。随分とまぁ慣れた姿勢でしゃなりしゃなりと現れた。
いや、しゃなりしゃなり 鳴ってるな。いぶかしんで手元を見やると、ギリギリこっちからは見えないようにして、彼女は鈴を握りしめていた。
「……鈴?、」
「え、?」
想定外だったらしい私のツッコミに、彼女はキョトンとしてしばらく動かなくなってしまった。目を丸くして、周りを黒くして、まぁこの時点でおかしいんだが、何となくしっぽ……着物がふわりと浮いた気がした。
「た、た……タイム!」
「はいはい」
慌てて腕で ” T ” の字を作ると彼女は、すでに若干崩れかけていた私の表情を確認することもなく蕎麦屋に戻って行ってしまった。
ここでようやく気付いた。『蕎麦屋』じゃない。『曾麦屋』と書いてあることに気づいてしまった。ならもうひらがなで書けよと出かかった言葉を押し込めるように、私は顔を覆い空を見上げた。
(チョットぉ父ちゃん! きれいな女からは鈴の音する言うとったやん!)
(な、そ、そうだ! 俺は確かに一度京都に行ったときライオンにあったとき直接聞いたんだ!)
(そらオウランよ、よくよく考えりゃするはずなかんね。なんで哺乳類から金属音がするんよ)
(そ、そうだったかのぉ?)
丸聞こえである。あと花魁である。獅子でもなければ黄身でもない。
まったくもって、実にかわいらしい "タヌキ" の親子である。
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