本編

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 彼らは化かすのが得意だ。その技術は人智を越える。なんてチャチなレベルではない。  この世界が例えあと数千年近く続いたとしても、足元にも及ばないだろう。ただ見せるだけじゃない。味覚、聴覚、嗅覚、すべてをダイレクトに、ここまで騙されていると理解っている存在に対しても、問答無用でその幻影を押し付けてくるのだから。  妙な関心を浮かべながら、私はその、どうでもいい味の味噌汁とそばをすすり続ける。途中途中、世間話を二人がしてきていた。  男の方はまだいい。少々古いが福知山なり舞鶴なり、まだ人智の及ぶ範囲で話をしてくれる。娘の方は唇の上の白銀が示すように食い物の話が多すぎて私には相槌を打つことしかできなかった。いや、上手いどんぐりのはなしされても、さすがにお手上げといいますか、ね?  最後に私はおにぎりに手を付ける。その瞬間、違和感が指からスッと押し寄せてきた。  その正体を確かめることもなく、私はすっとおにぎりを手で持つと、そのまま豪快にかぶりついた。なんどか頬を膨らまして咀嚼する。そして確信した。  本物だ。コレ。  味は普通だ。別に本物だからうまい! とはならない。けど、けれども確信できる暖かさがあった。  ああそうか、彼らはそうだ。これだから嫌いになれないのだ。 「フフ、」  思わず漏れた笑みに目を丸くする二人をそっちのけで、私はそのおにぎり二つを感謝して食べつくした。 「ふぅ、ごちそうさまでした」
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