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「おそまつさまでした、」
かいがいしくお辞儀をする亭主。全くどうして。今から "化かす" 相手にとる態度ではない。
「いくらになります?」
「はい、そんでお代なんですけんども……」
少し言いづらそうにして視線をズラす男。私はもちろんその意味を知っていた。
「銭じゃないほうがいいですかんね?」
「あ、あぁはい。できれば……」
「わかりました。じゃぁコレとコレと……」
そう言って私はぐうぜんたまたまなぜか籠に入れていた野菜の漬物と芋数個、それから魚の干物を取り出した。
「わ、わぁ。」
横から娘の声が漏れる。よだれを垂らし、頭には葉っぱを載せ、髪と髪の間から少しばかり毛深い耳をのぞかせて、着物の後ろをはたきのようなしっぽですべて持ち上げて。
「あ、いいんですか! こんなに!」
「ええ、かまいません。どうせ私一人では喰えませんしね」
「あ、ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます!」
感激に少しばかり目を潤めて、男がこちらに深く、深く頭を下げた。
少し遅れて、ようやく自分の状態に気づいた娘が体をもとに戻した後で、つづけて頭を下げた。
「では、」
軽い返事だけを残して、私はすでに少し崩れてきている蕎麦屋を後にした。
「ごたっしゃで~~」
二人はいつまでもいつまでも、私に手を振ったり頭を下げたりと、私が見えなくなるまで続けていた。
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