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「旦那、旦那、○○の旦那」
どこか近く、私を呼ぶ声がする。
「あぁ亭主か、なぁに心配は要らねぇ、このどぶろくだ。俺はいいからな、グイっといきなさいヨ」
「ハハハ、馬鹿言っちゃいけねぇや。酒抱いて寝る奴を見て心配は要らねぇだなんて。それにあんたの酒だ。せめて一口目ぐらい頼むぜ、ホラ」
そう言って前、おちょこを差し出してくる。あぁクソ、手が動かんな。どうするか。そう思っていると束の間、娘の細くきれいな手が、私の口元へとおちょこを近づけてくれた。
「ああ悪いな。ウン、うめー。うめーよ。間違いない」
「ええ、とってもおいしいわ、」
「昨日飲みすぎちまったな、熱出すなんてバカだねぇ。こりゃ」
「まったく。せめてあったかくして寝てください」
ひどく優しい声だった。わざわざ耳元まで口を持ってくると、娘は私にそう告げて、ゆっくりとどこからか取り出した毛布を取り出した。
あぁちげぇや。なんだ二人とも。あれほどちゃんと隠せって言っただろうがしっぽは。バレるんだぞ~~、悪い人に連れてかれチマウゼ?
「なぁ、○○さん」
「、なんだい?」
「本当に、ありがとうな。ありがとうな。ありがとうな」
「ウチも、ありがとうな。ありがとうな。ありがとうな」
「……どうも、どうも、ドウモ?」
「なんだいそりゃ」
「いや、繰り返すルールなのかってさ、三かい」
「ちげぇよ旦那、俺たちはバカだから、知らねーからこれ以外。回数重ねるしかないのサ」
「いいじゃねぇか。正直で。ハハ」
「バカとつなげやがったなコイツ、ハハハ」
「ふふふ」
すでにしゃがれた音しか出なくなった布団を挟むように、二人の笑い声が響く。
「……なら一つだけ、教えとくよ。耳かしてくれ」
すっと、二人は私の口もとに耳を寄せてくる。
かすみ、うるむ視界の中、私は力を振り絞って息を吸う。
悔いのないように、ただできるだけ短く、それだけ考えて口を大きく開いた。
「お疲れサマって、言ってくれ」
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