メイドインHAKOBUNE

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メイドインHAKOBUNE

「中村巡査 お前もしかして、何かやっちゃた? 迎えを出すから至急県警の本部まで出頭させろって上から言われたぞ… 県警本部長、直々のお呼びだ。」 上司である沢渡巡査部長はふざけた表情で中村アキを見ていた。 孫と祖父ほど歳の離れた沢渡にアキはこの交番に新規配属された時からずっと可愛がってもらっていた。 「イヤイヤ何言ってんですか…なにも悪い事なんてしてないですよ。」 アキは苦笑いで応えた。 「正直自分も見当がつかなくて困惑してます。 もしかして二階級特進とかですかね?」 「死んでもねえのにするわけないだろ。」 沢渡は呆れ顔だ。 「それはさておき、ハコブネ市の通信障害まだ続いてるみたいですね。 昨日は義手のリモートメンテの日だったんですけどノアと繋がらなくて… 今までこんな不具合が出る事なんてなかったんですけど。」 そう言うと、アキは白手袋をした左手を小指のほうから滑らかに折り畳み、握り拳を作る。 アキは高校生の時に事故に遭い左手首から先を失っていた。 「しかしソレ何回見ても義手には見えんわ… メイドインHAKOBUNEはやっぱり違うねぇ。」 沢渡はアキの左手の話になる度に、このフレーズを繰り返す。 たぶん気に入っているんだろう。 「それにしてもハコブネで何が起きてるんだろうな?」 「スマホが繋がらないので、ノアに聞いても答えが返ってきません。」 「なんかオマエ凄いところの連絡先知ってんだな。」 「ノアとは義手を作る時にお世話になって以来、仲良くさせてもらってますから…」 昨日から八小橅音市ではシステムトラブルにより都市機能の一部がダウンしているようだった。 通信障害により八小橅音市内とはスマートホンが繋がらない状況が続き、マスコミでさえも詳細は調査中と繰り返すばかりだった。 そして何故か、八小橅音市の周辺は安全確保の為という理由で自衛隊が展開し、市を封鎖していた。 その為にテロリストが原発に立て篭っているとか、ゾンビウイルスが蔓延しているんだという荒唐無稽な噂がSNS上では飛び交っていた。 「もし何かわかったら、オレにも教えてくれ。 それにしても機械がお友達って… もしかして人間の友達がいないのか?」 「人間の友達もちゃんといますから… ノアはAIですが、それを差し引いても 彼女はその辺の人間よりずっと人格者ですよ。 話題も豊富で冗談も面白いんです。 定期的に連絡もくれますし… 義手のメンテの話が中心ですけど。」 「彼女? ノアは女の子なのか? 聖書に出てくるノアは男だろ。 それにしてもなぁ… 相手は血も涙もないコンビュータだ。 友達なんかになれるもんかねぇ?」 沢渡は白髪の坊主頭を一撫ですると腕を組んで天井を見る。 これは沢渡が考え事をする時のいつもの癖だった。 「コンピュータじゃなくて、対話型の超AIです。 ノアがこの義手のモニターに推薦してくれなかったら、自分は警察官にはなれませんでした。 この義手ひとつで家が建つ位の値段らしいですし…」 「モテる男は得だな。」 と沢渡はニヤつく。 機械と友達になんてなれるのか? 沢渡の言う事は最もだとアキは思った。 しかしノアは(ちょう)が付くだけあってアキが使った事のある他のAIとは明らかに違った。 人間臭い、それがノアと接して感じた第一印象だった。 遠くからパトカーのサイレンが近づいてきて、沢渡は椅子から立ち上がると窓から外を覗き込む。 「おい おい 本気(まじ)か… 中村 オマエ本当に何も悪い事してないんだよなぁ? 吐いちまうなら今のうちだぞ。」 沢渡がそう呟いてから、少し間を置いてパトランプを点灯させたパトカーに先導された黒塗りのセダンが交番の脇に横付けされた。 スーツを着た2人のが降りてくる。 「あなたが中村巡査ですね。」 前置きも敬礼もなくそう確認して、アキが はいと答えると、まるで犯人のように両サイドを固められて車に案内される。 セダンに乗り込み車が発進する間際、交番の中からは、先ほどとはうって変わり不安そうに此方を覗き込む沢渡の顔が見えた。 走り出した車内で隣りの男が話始める。 「超AIノアが暴走を始めました。 本部長からの許可はとってあります。 あなたにはコレからヘリで東京に向かって貰います。 事は一刻を争い、この件は国家機密になってますので誰にも口外しないように…」 「あのノアが暴走した? それで通信障害が起きているのですか? そして何故自分が東京に行かなければならないのですか?」 アキは自分の置かれた状況が理解できずに混乱していた。 「急な話で驚かれたと思います。 コレから中村巡査にはテロ対策室の一員として緊急対策本部で働いて貰う事になっています。 理由はからです 通信障害自体はお昼には復旧します。 申し訳ないのですが、これ以上は私の口からはお話する事はできません。」 男は前方を見ながら無表情でアキにそれだけを伝え終えると、まるで石像のように固まりそれ以上は口を開かなかった。 男の尋常では無い緊張感から、何かとんでもない事が起きている事は容易に想像がついた。 彼女が暴走する…そんな事があるのか? アキはノアが作ってくれた左手の義手を無意識に握りしめていた。
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