一太と美月

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一太と美月

「渋滞で全然進みませんね…」 半ば諦めたように石動は呟いた。 「そうだね…」 一太は上の空でそう応える。 今日の一太は朝からずっと何か考え事をしているようだった。 「隣のハ小橅音市の養豚場から豚インフルが出たとかで、自衛隊が検問を張って車両の消毒作業をしているみたいですよ。」 こういう日はあまり話しかけない方がいいのはわかっていたが、つい手持ちぶたさもあり、石動は教団の事務局で聞いてきた話をした。 バックミラーでチラリと一太の表情を窺うと、予想に反して一太はその言葉に反応した。 「ありがとう石動 歩いていくから此処でいいよ。  今日は同行の必要はないから…」 側から見れば会社の重役のような言葉だが、そう声をかける一太は小学生になるかならないか位の男児だった。 「わかりました… 要件が済みましたら 御連絡下さい。 この辺りで待機していて其方に向かい ますので。」 石動はそう応え、車を道路脇に寄せるとハザードを出して停車した。 一太は木に囲まれた参道に一歩足を踏み入れた。 そこを境に空気が変わるのを肌で感じる。 要石はただの石になってしまっていたが、あの頃と同じ様に、新しい八鬼田神社にも精霊の加護が働いていた。 「久しぶりだね… 美月。」 そう言った一太は、いつもと変わらない不器用な微笑みを美月に向けていた。 「久しぶり… 元気そうで何よりだ。 一太はずっと変わらずに羨ましいよ… 私は確実にオバさんになりつつある。」 一太の容姿は美月と知り合った30年以上前からずっと変わらず子供のままだった。 「そんな事は1ミリも思っていないくせに… 美月も御世辞を言える歳になったか。」 そして二人は顔を見合わせて笑った。 「ところで龍は大人しくしている?」 「機嫌が悪いと、たまに不安定になるけど基本は安定している。 みよ婆が結界を定期的に見に来てくれているからね。 ただ みよ婆も、もうかなりの高齢だからいつまで もつやら…」 美月と一太はそろって曇天の社殿の上空を見上げた。 「美月の結界術の習得は進んでいるかい?」 「ボチボチね まぁ並位かな? でも みよ婆には遠く及ばない。」 「未世だって最初からあんな結界を作れたわけじゃないよ… 長年の研鑽と才能の成せる技だ。」 「一太は昔から、みよ婆の事を知っていたの?」 「未世と師匠の綾瀬はこの界隈では有名人だったよ。 2人共、腕が良かったし容姿端麗だったからね…」 「一太も容姿なんて気にするんだ?」 「しない… どうでもいいよ、そんなもの どんなに美しくても、それはほんの僅かな時間でしかないし、死ねば皆んな悪臭を放って腐る、それが自然の摂理だ…」 そう言い放った一太はとても寂しそうに見えて、美月はしゃがみ込むと一太を抱きしめた。 「そうね…  でもまだ 死なないよ…」 ひと言、そう一太の耳元で囁いた。 一太はバツが悪そうに美月から離れると 話を続けた。 「鏡結界は綾瀬が開発した結界術式だ。 美月だって結界術を使える人間なら、新しい術式を作る事がどれほど大変かわかるだろう? いずれは未世と一緒になるだろうと皆が思っていたけど綾瀬は急死した。 尋常じゃない亡くなり方だったらしい… あれは呪詛だ。 未世は必死に犯人を探したが結局、分からず仕舞いだった…」 「へー みよ婆にそんな過去があったとはね。 結界の話ばかりで自分の事は言わない人だから… それで? そっちコソ は大丈夫なの?」 「あぁ 静も空も大人しく眠りについているよ。 子供も元気にしている。」 その言葉を聞き美月は複雑な気持ちになった。 「立ち話も何だから中でお茶でもどう? 貰い物だけど老舗のお団子があるの。 一太は甘いもの大丈夫だったよね?」 話題を変えるように美月は一太を誘う。 「せっかくだからお邪魔させて貰おうかな。」 一太は頷き、美月の後を追うように本殿に向かって歩き始めた。 自然と目が美月の右脚へと向かう。 「新しい義足に変えたと聞いたけど調子 良さそうだね。 歩き方に違和感が全くない。」 「これはねハコブネ製… たまたまモニターをやってみないかって いわれて使ってるんだけど、もう3年くらいになるかな? ノアが設計から携わってるそうよ。」 美月は続ける。 「もう足の事は気にしないでよ。 リハビリは大変だったけど、もう普通の足とほとんど変わらないから… いやそれ以上かな? 酷使しても疲労で痛む事もないし、義足の片足だけで30センチ近くもジャンプ出来るのよ。 それはさておき… わざわざ此処に来たって事は、また何か厄介事が起きたのでしょ?」 美月は振り向かず一太にそう尋ねた。 「悪いね… また美月の力を借りたい。」 「そう… 」 の巫女の宿命… 美月はその宿命に反旗を翻した静を思っていた。
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