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神崎 一
「神崎主任…
朝倉社長がお見えになりました。」
その声を聞き、神崎 一は面倒臭そうに一つ溜息をついた。
また作業の進捗を確認しにきたのだろうか?
青山メディカルの社長といえど、青山グループ総帥からの直々の御達しには不安を抱えずにはいられないのだろう。
コレに失敗すれば朝倉社長は自身の立場が危うくなるのだから…
「あぁ…わかった、直ぐに行くよ」
ノアのプログラムの書き換えは既に9割以上を終えていた。
ハコブネプロジェクト…
ハイブリッド原子炉でエネルギー供給を行い自給自足する実験的な完結型未来都市。
その中にある青山メディカルの研究棟でライフラインを制御する為の超AIの開発を神崎達は行っていた。
青山グループの総裁である青山啓治は一から新しいAIを作るのではなく、青山メディカルで医療、介護用に運用されていたノアのアップグレードこだわり続けていた。
ノアの開発者、野杖達郎は青山グループ総裁の青山啓治とは旧知の仲であり、野杖が世に知られる以前から、啓治は投資名目で研究費の援助を行っていた。
野杖が発案した仮想人格プログラム、通称ノアは利用者の好みに合うAI人格がシステムを運用する。
数多の個性的な人格プログラムがシステムの運用にあたり、利用者は自分の趣味嗜好にあった、いわゆる馬が合うAI人格から、杓子定規ではない唯一無二のサービスを受けることが出来るのだ。
まるで本当に感情を持っているかのように泣き、笑い、怒る…
ノアは自由奔放に振る舞ったかと思えば、時には忠犬の様に粘り強くマスターに寄り添い続けた。
そのようにして、ノアは個人のデータを蓄積し続け、巧みに利用者の心を絡め取っていく。
理想的な伴侶…
裏切る事のない恋人…
誠実な友人…
偉大な親、従順な子供…
適切な教えをくれる師…
利用者が望む仮想人格をノアは利用者に与えてくれる。
しかし開発者の野杖達郎は医療、介護分野以外のノアの転用を頑なに許さなかった。
それはノアは死にゆく者への手向けであるからだと、生前の野杖教授は語っていた。
神崎は感じていた。
野杖教授が作った人格プログラムは本当に仮想人格だったのかと…
ただ野杖教授が亡くなった今となっては、どのような過程を経てノアのAI人格が作られたかは定かではない。
失敗を重ねて晩年、野杖教授は遂に仮想人格プログラムを完成させ、素晴らしい成果を上げた。
楽園で蛇にたぶらかされたアダムとイヴは、神に禁じられていた知恵の樹の実を食べたばかりに永遠の命を失い、楽園を追放された。
僕はノアにリンゴを与えようとしていた。
たぶんソレは正しくない事だと、わかっている。
しかし、もうそんな事は神崎にはどうでもよかった。
もう少し…あとちょっとで僕の長年の願いが成就する。
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