恩犬ゴン

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 お父さんの顔を見たことがない。  お母さんは離婚してからずっと大変だった。  あのとき、男の人と店員さんに捕まってよかったと今では思っている。あの日以来、お母さんは食い逃げをしなくなった。  夜遅く、ぼくが寝静まったあとにお母さんはまた仕事に出かけるようになった。いつもお母さんは疲れていたけれど、お母さんが悪いことをするのはあれが最後だった。  服も文房具も良いものではなかったけれど、いつも服が一緒だったりすることはなかった。でも、お母さんは二日に一回同じ服を着た。  小学校に上がると、ぼくは貧乏という言葉を知った。ぼくの家のことだと思ったけど、お母さんはぼくを貧乏に見せないようにしているのだと、学年を上がるごと気づくようになっていた。 「うわぁ」  思わず声に漏らしたのは、四年生で同じクラスになった佐々木くんの家を訪れたときのことだ。  玄関扉は大きくてとても重かった。扉の向こうにはぼくの家の居間ほどある玄関が広がっていた。  佐々木くんの家にはゲームがたくさんあった。おやつにシャインマスカットが出てきて、ぼくは緑色をしたぶどうをはじめて見た。  うらやましいと唯一思ったことがあった。それは佐々木くんの家には犬がいたことだ。人に慣れていて、ぼくの顔を何度もペロペロ舐めた。とてもかわいかった。 「シロ、めっちゃ押本になついてんじゃん」  佐々木くんは嬉しそうにそう言った。ぼくはシロに抱きつかれて笑いながら、佐々木くんをぼくの家には連れていけないな、なんてことを考えていた。
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