恩犬ゴン

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「ごめんな。飼ってあげられないって」  ぼくは家の外で犬を放した。  犬は意味がわかっていなかった。きゅん、とひとつ鳴いた。ぼくにすり寄った。 「だから……飼えないんだって……」  犬は首を傾げるようにした。ぼくだって首を傾げたい。  最後まで名前をつけられなかった。  ほんとはゴンってつけたかった。国語の教科書に出てきたキツネの色とおなじだったから。  でも、名前をつけると飼えないことがもっと辛くなりそうで、ゴンと呼びたくても呼ばなかった。最後まで、犬と呼んだ。  追い出しても犬はしばらくぼくの家の前にいた。きゃん、と鳴くからすぐ分かる。また上のおじさんに怒鳴られたら大変だ。 「もう一回だめだよって言ってくる。上の人がうるさいって怒るから」  お母さんはなにも言わずにうなづいた。ずっと洗い物をしていて、いつものテキパキしているお母さんの手つきとは違っていた。  ぼくが外に出ると犬は尻尾を振って喜んだ。 「だめだって。飼えないんだ」  そう言いながらも犬が待っていてくれたことが嬉しくて、何度も撫でた。  ご飯の時間になっても「雨が降ってるかも」なんて根も葉もないことをつぶやいては、何度も外に出て犬を撫でた。その度に犬はぼくを待っていてくれた。尻尾を振る犬はいつもかわいかった。そっと持ってきたソーセージを犬は嬉しそうに食べた。飼っているのと同じだと思った。  朝になっても犬はぼくの家の前で寝そべっていた。 「ダメだって言ったじゃん」  犬は尻尾を振った。おはようと言ってくれてるみたいだ。  わん、と犬は吠えて前足を上げた。いってらっしゃいと言ってくれてるみたいだった。  学校での授業中、ぼくはずっとソワソワしていた。佐々木くんの家とおなじでぼくも犬を飼っている。家に帰ったらかわいい犬がいる。それだけでぼくは幸せで、授業はまったく苦にならなかった。
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