恩犬ゴン

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 学校から大急ぎで帰ると、ぼくの家の前に犬の姿はなかった。見上げると二階のおじさんが扉をすこし開けていて、ぼくを見て扉を閉めた。  しばらく家の中には入らずアパートのゴミ置き場に腰を下ろしていた。また懐っこい犬に会いたい。今度はゴンってちゃんと呼びたい。  アパートを離れて公園まで足を運んだ。すべり台の下にも町内会倉庫の裏にもゴンの姿はなかった。一度アパートに戻ってもゴンの姿はなく、泣きそうになりながら学校への通学路を戻った。 「あれ? 押本なにしてんの?」  下校している佐々木くんたちがきょろきょろしているぼくを見て声をかけてきた。 「ううん」 「落とし物したか?」 「ううん。なんでもない」  長く話すと涙が出そうで、ぼくは佐々木くんたちから離れた。佐々木くんは家に帰ったら、シロがいる。うらやましくてぼくはこぶしを握ってまたゴンを探した。  マンションのベンチの下にも、焼肉屋さんのごみ置き場にもゴンはいなかった。  アパートに戻ると、二階のおじさんが家の中で歌っている声が響いていた。声ががらがらしていて、ちっとも良い歌じゃなかった。  ぼくは玄関の外に腰かけてゴンを待った。靴の先のゴムがめくれている。昨日、ゴンはこんな靴の先でも舐めてくれた。  とうとう日が暮れてもゴンは帰ってこなかった。  お母さんが帰ってきて、玄関先にいるぼくを見つけた。お母さんはぼくと同じように泣きそうな顔をして、ぼくの前にしゃがんだ。 「お母さん、がんばるから。がんばって引っ越したら一緒にワンちゃん飼おう」  ぼくは腕で目尻を拭ってお母さんに泣きながら答えた。 「……ん、……ゴンだよ」 「そっか……うん。お母さん、がんばるから。ゴン、飼えるようにしよう」  お母さんと手を繋いでぼくとお母さんは狭い家に入った。
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