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「まだ思い出さないの? 自分がしていた事を。何処までも勝手な人ね。あなたが忘れても私たちは一生忘れないから」
天海は朱に近づくと、眼帯と手袋を脱ぎ捨てた。瞼は切れて青く腫れ、腕には無数の赤黒い痣が合った。朱は悲鳴にならない声を上げ、口を手でふさいだ。天海がさらに近づいた。
「あなたに自覚があろうがなかろうが。散々私の人格を否定し貶め、人権まで奪った。私が居なくなっても弄る相手は幾らでもいるから気付きもしなかったんでしょうね。心が壊れた私のすべてを受け入れてくれたのが今の夫よ。見なよ。彼の愛情の深さが体にも現れてるでしょ?」
壁際まで追い詰められ朱の脳は、耳元で囁く天海の声を拒絶し始めた。
「私はまだマシ。望なんて今だにあなたの声が聞こえて自傷行為を繰り返してるんだから」
眩暈に襲われ、朱には天海の声が遠く聞こえた。足元がフラつき壁に寄りかかると、ずり落ちるようにしゃがみ込んだ。
「赤井さん? 大丈夫? 赤井さん?」
拒絶した声と違う声に気付き、朱は助けを求めるように顔を上げた。
「山河さん」
「どうしたの? 顔色が悪いよ。バルコニーで外の空気にあたりましょ」
山河の顔を見て体を硬くした朱だったが、優しく肩を抱かれると寄りかかりながらバルコニーへ出た。
「ごめんなさい。ありがとう」
視界が開け、柔らかい風に当たりながら深呼吸をした朱は、落ち着きを取り戻すと山河に礼を言った。
「全然。私も昔の事を思い出すと辛くなるもの」
山河の言葉に緊張が走り、朱が体を離そうとした。その拍子に山河が持っていたシャンパンが朱のドレスを汚した。
「ごめんなさい」
「山河さん、それって……」
ドレスに手を伸ばした山河の袖口から手首が見え、一瞬呑み込んだ朱の息が掠れた声になった。
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