サウジアラビアの前国王 22

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アムンゼンの顔色が、明らかに、変化した…  …怒った?…  …まさか、アムンゼンが、怒った?…  …まさかとは、思うが、アムンゼンが、マリアに怒った?…  ありえん話では、なかった…  今のアムンゼンは、大人のアムンゼン…  いつもの、3歳の子供を演じているアムンゼンではない…  いわば、大人のアムンゼンに対して、3歳の子供のマリアが、口を出したのだ…  だから、怒って、当然だった…  そして、アムンゼンの変化に気づいたのは、この矢田だけでは、なかった…  マリアの母親のバニラも、気づいた…  「…申し訳ありません…殿下…」  慌てて、バニラが、謝った…  「…殿下…申し訳ありません…マリアには、家に帰ってから、よく言って聞かせますから…」  バニラの血相が、変わった…  アムンゼンが、怒ったと、思ったからだ…  が、  アムンゼンは、怒ってなかった…  ただ、大人の姿に変わっただけだった…  「…いいんです…バニラさん…マリアは、正直だ…」  アムンゼンが、穏やかな表情で、言った…  「…たしかに、矢田さんは、面白い…矢田さんは楽しい…」  「…でしょ? …アムンゼン…」  マリアが、相槌を打った…  すると、慌てて、  「…マリア…立場を考えなさい…」  と、バニラが、マリアを叱った…  だが、アムンゼンが、  「…いいんです…バニラさん…」  と、優しく、バニラを止めた…  「…マリアは、マリアだ…誰にでも、思ったことを、言う…それが、いい…」  「…」  「…矢田さんは、たしかに、楽しい…たしかに、面白い…矢田さんが、いるだけで、周囲が明るくなる…」  私は、なんと言っていいか、わからんかった…  だから、黙った…  「…」  と、黙った…  「…矢田さんは、誰からも、好かれる…誰からも、愛される…どんな人間からも、愛される…老若男女にかかわらず、愛される…」  「…」  「…おそらく、矢田さんの夫のご両親も、矢田さんを見て、受け入れることにしたのでしょう…」  アムンゼンが、言った…  …なんだと?…  …どういう意味だ?…  「…矢田さんと、結婚することで、葉尊さんが、変わることを、期待したのでしょう…」  アムンゼンが、言った…  これまで、一度も聞いたことがないことを、今、言ったのだ…  …調べている…  …調べ尽くしている…  とっさに、気づいた…  このアムンゼンは、この矢田トモコのすべてを調べ尽くしている…  そう、気づいたのだ…  と、同時に、その事実に、驚かんかった…  なにしろ、アラブの至宝だ…  サウジの王族だ…  とんでもない、お偉いさんだ…  自分が、接する人間に対して、あらかじめ、どんな人間か、調べていて、当然だからだ…  どんな経歴を持ち、どんな思想を持つか?  調べていて、当然だからだ…  それで、なければ、危ない…  極端な話、身近に接していれば、いきなり、アムンゼンに襲いかかるかも、知れん…  なにより、アムンゼンは、小柄…  外見は、3歳の幼児にしか、見えん…  だから、相手が、その気になれば、アムンゼンを簡単に殺すことも、できる…  また、そこまでせずとも、アムンゼンを抱えて、どこかに連れてゆくことも、簡単にできる…  何度も言うように、アムンゼンは、3歳の子供の外見しか、ないからだ…  だから、自分が接する人間の身辺調査をするのが、当然…    当然だ…  自分の身に危険が及ぶのを避けるためだ…  だから、今、このアムンゼンが、この矢田のことを、調べまくったとしても、驚きは、なかった…  なかったのだ…  私は、思った…  私は、気づいた…  「…矢田さんは、不思議なひとです…」  アムンゼンが、繰り返す…  「…3歳のマリアの心も、30歳のこのボクの心も、同じように、簡単に捉える…同じように、簡単に夢中にさせる…」  アムンゼンが、しみじみと、言う…  「…矢田さんを見ると、矢田さんには、失礼ですが、リンダさんや、バニラさんには、足元にも、及ばない外見にも、かかわらず、バニラさんや、リンダさんを、簡単に陵駕する魅力を備えている…」  アムンゼンが、言った…  が、  その言葉は、許せんかった…  実に、許せんかったのだ…  「…アムンゼン…オマエ、今、なんと言った?…」  私の顔色が、変わった…  「…な、なんですか? …矢田さん?…」  「…今、なんと言ったというのさ…」  私は、怒った…  私は、頭に来た…  「…ど、どうしたんですか? 矢田さん?…」  アムンゼンが、動揺した…  明らかに。動揺したのだ…  「…オマエ、今、この矢田が、バニラやリンダの足元にも、及ばん、外見だと、ぬかしたな…」  「…エッ?…」  「…エッじゃないさ…」  私は、怒った…  アムンゼンの顔色が変わるのが、わかった…  私を見る目が、明らかに、変わった…  この矢田を、見る目が、変わった…  「…オマエになにが、できる?…」  私は、言ってやった…  「…なにが、できるかと、言っても…」  「…オマエに、この矢田の真似ができるか?…」  私は、言ってやった…  「…いえ…」  アムンゼンが、首を横に振った…  「…当り前さ…」  私は、言ってやった…  「…美人も、イケメンも、関係ないさ…」  私は、断言した…  「…人間は、魂さ…私は、その魂が、優れているのさ…」  「…たましい?…」  マリアが口を挟んだ…  「…矢田ちゃん、魂って、なに?…」  マリアが、聞いた…  この矢田に無邪気に、聞いた…  が、  答えれんかった…  なにしろ、口から、でまかせというか…  とりあえず、思ったことを、言っただけだからだ…  だから、困った…  困ったのだ…  「…ママは、知っている?…」  と、今度は、マリアが、バニラに聞いた…  母親のバニラに聞いた…  「…それは…」  バニラが、困った…  「…中身のことだよ…マリア…」  アムンゼンが、優しくマリアに言った…  「…中身って?…」  「…マリアのお母さんは、美人だろ?…」  「…うん、そうよ…」  「…でも、矢田さんは、面白いだろ?…」  「…うん…矢田ちゃんは、すごく面白い…」  「…それが、中身ということだ…マリア…」  「…それが、なかみ…」  「…言うなれば、そのひとの本性というか…そのひとの持つ個性だ…」  当然のことながら、3歳のマリアには、アムンゼンの言わんとすることが、わからなかった…  当たり前のことだった…  「…要するに、いっしょにいて、楽しいか、どうかだよ…マリア…」  アムンゼンが、優しく、説明する…  「…マリアが、いっしょにいて、楽しければ、良いひと…楽しくなければ、悪いひと…そうですよね…バニラさん…」  「…ハイ…殿下…おっしゃる通りです…」  バニラが、答えた…  私は、それを聞いて、唖然とした…  私が、その場しのぎで、口からでまかせに、  「…魂さ…」  と、言ったことを、うまくフォローしたからだ…  さすがに、アラブの至宝…  油断できん…  油断できん男だ…  私は、思った…  思ったのだ…  と、同時に、気づいた…  この男の原点に、気づいた…  この男の原点は、サウジの王室…  サウジアラビアの前国王の息子にして、原国王の弟…  だが、それだけではないことに、気づいたのだ…  もしかして?  もしかして?  私の心の中で、警報が、鳴った…  いや、  警報というのは、大げさ…  虫の知らせと言った方が、いいかも、しれん…  私は、ふと、思った…  思ったのだ…  だから、アムンゼンに試してみるか?  と、思った…  思ったのだ…  だから、わざと、  「…アムンゼン…オマエの狙いは、なんだ?…」  と、聞いた…  いや、  聞いてやった…  「…な、なんですか? …矢田さん、いきなり?…」  「…オマエの狙いさ…」  「…ボクの狙い? …なんのことですか? 一体?…」  「…太郎を私の元に、やり、太郎を餌にして、私を、味方につける…そして、今度は、私を餌に、リンダとバニラを、自分の元に、呼びこむ…」  「…それが、どうしたと、言うんですか? バニラさんのことは、さっき、父が、バニラさんのファンだからだと、説明したはずです…」  「…それは、わかったさ…」  私は、言ってやった…  「…だが、それだけじゃ、あるまい?…」  「…どういう意味ですか? …矢田さん?…」  「…オマエの父と兄が、争っていると、言っていたな…」  「…ハイ…言いました…」  「…そして、それは、リンダとバニラが、どっちが、美しいか、言い争ったのが、原因だと、言ったな…」  「…ハイ…」  「…だが、それは、ウソだな…」  「…ウソ? …なにが、ウソなんですか?…」  「…父と兄が、争う原因は、オマエじゃないのか?…」  私は、言った…  ずばりと、言った…  その途端、アムンゼンの顔色が、変わった…                <続く>
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