君と、最期の散歩道を。

1/4
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

君と、最期の散歩道を。

 夏休みの観光目的なら、北の平安神宮、南の八坂神社、大学近くの吉田神社にでも行けばいい。  僕が、旅行客のアイドルというより地域民のマスコットであるこの大犬神社に来たのは、嗅覚に長けた犬に縁のあるこの神社が、失せもの探しにご利益があるからだ。  境内には人は少数。参道を下る老夫婦、赤ちゃんを抱いた女性、小さな男の子と母親、あとは日陰のベンチに少女が一人といったところだ。  拝殿にやってきた僕は、予習してきた流れをなぞり、手を合わせた。  大犬神社の噂。お祈り事は、口に出すこと。僕もそれに従った。  しばらくの沈黙ののち、一礼して、拝殿を後にした時だ。 「こんにちは」  突然、斜め後ろから愛想よい声がした。振り向くと、さっきベンチにいた少女が立っていた。明るい茶色の髪と瞳。年は一つ、二つ下くらいか。少し凝った、白い夏ワンピースを着ている。 「久々に見ましたよ、本気でお願い事をしている人」 「え?」 「ここ、声に出すと叶うんでしょう。さっき口が動いてたので」  どうやら、見られていたようだ。 「失せ物探しですか? よかったら手伝いましょうか」 「えっ……なぜ君が?」 「だってお賽銭を入れたはいいが見つからなかったじゃ、お金の無駄ですよ」 「境内で言うか。罰が当たっても知らないぞ」  はなから神が願いを聞き届けてくれないような言い方に苦言を呈すると、少女は人差し指を振って反論。 「私はだいぶ前からあそこに座っていましたので見ていましたが、あなた、鳥居を通らずあっちの奥の脇道から入ってきたでしょう。神様に真剣なお願いをするのに、物ぐさで鳥居を通らず近道ってことはない。あなたは脇道の向こうから初めてここを訪れたんでしょう。で、あっちにある住宅といえば立心大学の下宿生の巣窟たるアパートのみ。ってことはあなたは一人暮らしの大学生。一銭も無駄にはできないでしょう?」  僕は呆気にとられた。別に金欠ではないがどうでもいい。一瞬で、現住所と身分を身ぐるみはがされてしまった。  僕の顔を見て図星を悟った少女は、得意げに胸を張った。 「なかなかの推理力でしょう? これでも私、天下の! 京都の! 帝・大・生! 一回生ですけど」 「あ、僕も全く同じ。同級生だったのか」 「……え、立心大じゃなく!? あのアパートに住んでおきながら!?」 「あそこしか残ってなかったんだ……出遅れすぎて」  僕は当時のことを思い出して、少女は自らの推理の不完全さに、しばし悄然としていた。 「……とりあえず、話を戻しましょう。どうです、私にかかれば、探し物もすぐに見つかるかと」 「いや、けど……初対面の人に手伝ってもらうのも……」 「何を言いますか、同じ大学の同級生です。何かの縁ですから」  確かに、同じ高校出身の同級生がおらず、サークルにも入っていないので、友達といえば語学の授業でできた数人だけ。偶然出会ったこの気さくな少女が新たな友人として加わってくれるなら、まんざらでもない。  それに――彼女なら本当に見つけてくれそうな気もする。  僕は迷った末に、意を決した。 「……探し物は……名札、なんだけど」 「名札。誰のです?」 「……タロの。飼っていた犬のなんだ」  自分がどんな目をしているか不安になって、僕は彼女から視線をそらした。 「実は実家もすぐ近くで、毎朝早朝に自転車で帰って、散歩させてやるのが日課だったんだけど……つい先週、交通事故で亡くなって。まだ一歳ちょっとの柴犬で、首輪に住所とかが書いてある迷子札をつけていたんだけど、散歩の途中に無くしてしまって……せめて形見に手元に置けたらって。それでここ一週間、ずっと探してるんだ」 「なるほど」  優しい声に、僕は彼女を振りかえった。愛想のいい笑顔が答える。 「わかりました、さっそく実行しましょう。ただ、その前に家族に電話してきます。帰りが遅れると伝えます」 「ああ、そうだよな。ごめん、急なことで」 「お気になさらず」  では失礼して、と一旦場を離れようとした少女は、急に振り返った。 「ああ、私は太宰といいます。よしなに」 「僕は神山。神山伸太郎だ」  にこっと頷いて、少女・太宰は一度その場を離れた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!