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いわゆる社畜にとって、帰り道は暗闇である。
まるで人生を暗示するかのように、薄暗い道を歩むのだ。
三十代も半ばに差しかかる男が、毎日コンビニ弁当の生活。
健康診断では、毎回微妙な結果が出る。
駅から家までの十五分。
改札前のコンビニで晩飯を買い、トボトボと帰る。
帰り道にある公園の前を通ると、必ずいつもの風景がある。
街灯をスポットライトにして、黒猫がポツンと座っているのだ。
毎晩毎晩、必ず同じポーズで、そこにいる。
わざわざ公園に入るエネルギーは残っていない。
ただ、その「いつもどおり」を確認して通り過ぎる。
繰り返される毎日は、日常となって数年が過ぎていた。
「あれ?」
思わず声が出たのは、その日常が急に途切れたからだ。
猫がいない。
いつもの黒猫がいない。
街灯の下に、明るく丸い光だけがあり、その主が存在しない。
コンビニ弁当片手に、慌てる自分にバカらしくもなるが、妙な胸騒ぎをおぼえて不安になった。
「おーい」
時間は今日と明日の境目だ。
あと五分で明日になり、数時間後にはうんざりする日常のスタートラインに立つ。
だが、今日中に「深夜の公園での日常」を取り戻したかった。
「おーい」
時間を考えると、ささやき声になってしまう。
これだと、もし猫がいても聞こえないのではないか?
そんなことを考えながら、広くもない公園の茂みをのぞいて回った。
最悪の事態も想定内だ。
あの猫がもしも、茂みの中に倒れていて……。
想定していても、自分はショックを受けるだろう。
たかが公園で見かける猫の死に、きっと打ちのめされるに違いない。
バカみたいだな。
こんなやつ、他にいないだろうな。
空を見ると、月が薄ぼんやりと輝く。
あれ? っと思う暇もなく涙があふれてきた。
「にゃー」
すると、いつもの場所に、何事もなかったように猫がいる。
街灯に照らし出されて、黒猫が欠伸をする。
「心配させんなよ!」
「心配したじゃない!」
同じタイミングで女が叫んだ。
驚いて見ると、相手も同じように驚いた表情でこちらを見ている。
苦情を左右から言われた猫は、迷惑そうな顔をしてサッと街灯の明かりから姿を消した。
「いつもの猫が今日はいなかったので……」
理由にならない理由を、しどろもどろに告げると「わたしもです」と、彼女は笑った。
それから、日常の中に少しずつ、彼女がふえていった。
キューピットというにはふてぶてしいが、あの猫には感謝している。
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