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もふさ。が、消えた木々に背を向けて、菫は歩き出す。道路はすぐそこだ。そこまで出られれば、少なくとも今いる場所はわかるはずだ。いや。もしかしたら、ここならスマートフォンで場所を検索できるかもしれない。画面を確認するとちゃんと電波は届いていた。
G先生に現在地を聞こうとすると、す。と、何かが、トートバッグをかけた肩の方を掠めた。
「わあっ」
振り返ると、そこにはふさり。としたしっぽを持つキツネがいた。月明かりが松の木の間から降り注ぐ。満月の月明かりは明るかったから、その毛がとても柔らかそうなことも見て取ることができた。
予想はついていたので驚きはしない。ただ、そのキツネは前回のそれより少し大きい気がした。気がしただけで同じコだったかもしれない。
「ん? ……ああっ!」
その口に何かを咥えているのを見て、菫は思わず声を上げた。
「おま。それ……っ」
それを咥えたまま、キツネは走り出した。道路とは反対方向だ。
「おいっ。ちょ。待て!」
菫はその背を追い、走り出す。追ってはいけない。などと、言ってはいられなかった。
キツネが咥えているのは菫が大切に持っていたものだったからだ。どうしても今日、必要なものだったからだ。
「返せ!」
前回は、菫が少し怒った素振りを見せただけで、萎れた様子だったのに大声を上げても動じる様子もなくキツネは逃げていく。やっぱり同じキツネではないのかもしれないと、頭の片隅で思う。
すばしっこいわりに引き離されないところを見ると、きっと、菫が追い付ける程度に加減して走っているのだろう。要するに誘っているのだ。
追ってはいけない。
と、ここで思う。
それでも、盗られたものはどうしても取り返したかった。
走ったのは大した距離でも、時間でもない。
菫はまた、社が見える場所まで来ていた。
ぽっかりと、そこだけ松の木がない場所。清かな月明かりが全てを照らしていた。その月明かりがあまりに明るいから、分かってしまった。
今回のその場所は前回とはまったく違っていた。
石畳が崩れて、どこまでが参道なのかわからない。鳥居は傾いている上に色も褪せ、赤いのかどうかすら判別できなかった。敷地内は草が生い茂って、松の葉が吹き溜まっている。狐の像はかろうじて立っているけれど、片方には赤い前掛けがなく、片方はボロ雑巾のようになったそれが纏わりついていた。
そして、社。屋根が傾いて瓦が落ち、屋根のない場所にある柱はボロボロで支えの意味をなしていない。扉は片方が外れて、壁には穴が開いて、伸びてきたツタが社の中まで入り込んでいた。
扉が外れているから、中が見える。天井の穴から満月の月明かりが入っているはずなのに、ひどく暗い。何かが淀んで溜まっているように見えて、菫は目をこすった。
「……違う社?」
先日扉の向こう側にあった社とはあまりに違う様子に別の場所に来たのかと思う。けれど、キツネの石像や社の配置、石畳と鳥居の位置関係も同じだ。
「古くなったってこと?」
言葉にしてみるとそれはしっくりとはまっているように感じた。同じ社が時を経て古くなったように見える。
しかし、それにしてもこの荒れ方は酷いと思う。社や鳥居が時を経て劣化しているのは当たり前だ。けれど、今のそれはただ古くなったというよりも管理する人がいなくて荒れ果てたというのが正しい。
「おい」
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